5 仕事は好き……ではある

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5 仕事は好き……ではある

「びっくりしましたよー、いきなり番組やりますって言われて……」  次の日、とあるスタジオ。部屋の一部を借りて、遥は動画サイトにアップロードする番組を撮影していた。  遥が何でもやると言った通り、番組の内容は遥に任せられている。ハンディカメラで自撮りしつつ、舞台の稽古風景、キャストやスタッフの紹介などをしていこう、と思い、今日は第一回目なので自分の自己紹介をすることにした。 「……ということで今日から稽古が始まりましたー。ミケル役の小井出遥でーす」  原作漫画からアニメ化され、さらにミュージカル化とあって、原作ファンもアニメファンも多い。そんなファンをいい意味で裏切れるように頑張ります、と意気込みを語る。 「ミケルのいい所はやっぱり、正義感が強いところですね……」  今回の役の魅力は、情に厚いところだ。勧善懲悪の王道シーンも多く、それでも飽きさせない、惹き付けるものがある。  その理由は世界観。ミケル以外、全て造られた偽物だということだ。あるきっかけでそれを知ったミケルは、偽物でも人の形をしている以上、信じたいという気持ちと、どれだけ心を傾けても偽物だということに葛藤する。本物の人を探す旅に出たミケルは、そのうちその世界の謎にぶち当たるのだ。ミケルが剣の達人とあって、鮮やかな戦闘シーンもあり、人気に拍車をかけていた。 「『あなたが信じているものは、本物か?』ってキャッチコピーを読んだ時、鳥肌が立ちましたね。あ、原作まだ読んでないよって方は是非読んでください」  仕事の合間にチェックした原作漫画の一部を取り上げると、横から「読んでね!」とキャストから茶々を入れられる。  遥はそれに笑顔で「撮影してるから!」と答え、締めの挨拶をして録画を止めた。 「ふぅ……」  たった五分ほどの動画。それでも自分ひとりでしゃべり続けるのは骨が折れる。持っていたハンディカメラをそばで見守っていたスタッフに渡すと、受け取ったスタッフはすぐにスタジオを出ていった。  前後に協賛企業のクレジットと、字幕などの編集を多少してからアップロードするらしい。 「さ、小井出さんの撮影も終わったことだし振り付け始めまーす」 「はーい、お待たせしましたー」  今回の舞台はキャストもスタッフもみな、表立って攻撃してくるひとはいない。若手も多いからか向上心が高く、いがみ合うよりみんなでひとつのものを創り上げよう、という意気込みの方が強かった。  ──谷本が持ってくる仕事には、ない雰囲気だ。  彼女は遥が注目されるなら、どんな現場にも遥を行かせる。テレビの長寿番組でしか見ない大御所タレントと対談させたり、先日の舞台だってそうだった。谷本は、大御所という肩書きが好きで、そこと繋がることができれば安泰だと思っている。  しかし往々にして大御所からのプレッシャーや、それに感化されたスタッフ、キャストの当たり散らしも多かった。仕事だから難なくこなすものの、楽しんだことはない。それに大御所だからといっても、長くその世界にいるだけ、というタレントもいなくはない。 「さすが小井出さん、覚えも早いしキレもありますね」 「芸歴だけは長いですからねー」  素直に喜べばいいものを、遥はそれを斜めに受け取って流す。こういうところも、大御所からは気に食わないと言われる要素だった。キャストの一人が「素直じゃないんだから」と笑ってくれる。険悪な雰囲気にはならなかったけれど、精神的に幼いなと自分で気付いてしまい、少しやりにくさを感じた。  ここ数年、谷本と雅樹の確執がハッキリしてから、言いようのないモヤモヤを遥は抱えていた。けれどどうしたらそこから抜け出せるのか分からず、かと言ってひとに相談することもできず、それが反発として表に出てしまう悪循環。 (なんで……こんなにイライラするんだろーな)  無事に振り付けが終わり汗を拭いて自分の荷物を取りに行くと、終わる少し前からいたらしい、谷本がいた。 「集中してなかったわね。怪我したらどうするの」  皆がいる前で、ダメ出しを始める谷本。振り付け師が初日ですからとフォローするものの、谷本は止まらない。他のキャストも「大変だな」という視線で見ており、こういうシチュエーションで目立つのは嫌だと足早にスタジオを出る。 「ちょっと遥、聞いてるの!?」 「聞いてる」  このやり取りも何度したことだろう。谷本を振り切るつもりで屋外に出ると、ひとにぶつかりそうになって立ち止まった。 「あ……」  グレーのスーツに身を包み、真面目そうな顔に銀色フレームの眼鏡……永井だ。 「永井さんお疲れ様です! どうしたんです? ここに用事ですか?」  谷本に対する声色とは全く違う声で、遥は笑って見せる。後ろから不機嫌な声で「遥!」と呼ばれるが、無視した。 「遥! あなた何やって……! あら、失礼」  遥が永井といることに気付くと、谷本は大人しくなる。丁度いい、と遥は谷本を紹介する。 「永井さん、こちら僕のマネージャーの谷本です」  続けて谷本に永井を紹介すると、谷本は慌てた様子で、永井は落ち着いて名刺を取り出し交換していた。 「時間が空いて、近くにいたので様子を見に来ましたが……少し遅かったようですね」  相変わらずニコリともしない顔で永井はそう言い、遥を横目で見る。 「君の言う通り、出資者は金だけ出す楽な仕事だから。ただ舞台の行く末がどうでもいいとは、私は思っていない」  永井の言葉に顔色を変えた谷本は、真っ赤に塗った唇を歪ませた。途端に悪いことがバレた時の子供のように、遥はそっぽを向く。 「遥っ、あなたなんてことを言ったの! ああすみません、私からキツく言っておきますので……」  そう言った谷本は、遥の腕を自分の腕で絡めとって引っ張った。この先の絶望を予感して遥は何も言えなくなり、引っ張られるまま谷本の車に押し込められる。嫌だ、谷本と一緒に帰りたくない。  けれどやはり一言も発せられず、別れ際に見た、永井の冷ややかな顔が頭にこびりついて離れなかった。
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