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「だから!咲輪と二人で行くって言ったのに!どうして濫夕までついてくるのさ!」
濫夕は下女の服装で、咲輪も男物のふだん着。紅星は、絹の若々しい着物姿。
「お嬢様、おことばが下品です」
濫夕がしれっと言うのも、腹立たしい!
そう、お嬢様っぼく着飾ってるのに、街の人たちはみーんな濫夕を見て、ぼーっとなってる。
「そもそも後宮から出ることは厳禁。紅星妃は目を離したら逃走しそうだと懸念されたのです」
「逃げたりしないさ!」
「咲輪もいるとなると、村までの案内も難しくないでしょう」
そう言って、女兵士の咲輪へも疑いのまなざし。でも咲輪はにこにこ笑ってて、街の活気に目を向けた。
「この辺りは私塾が多いのです。だから食べ物屋、下宿、古本屋なども集まっててにぎやかですね」
「私塾ってことは、官吏の登用試験を受ける秀才が通うところか。そう見ると、みんな賢そうだ」
「運、実力、努力、あとは引きともうします」
「引き?」
「コネですよ。国中はもとより、外国からも秀才が集まるのですから、各々、推薦を持って来ますが、試験は4年に一度。学費の調達ができなくなり、私塾を開く者も多いのですよ」
「咲輪は詳しいね」
「私の父は試験に合格するまでに20年、かかりました」
濫夕が立ち止まった。
「咲輪の父は官吏か」
「ええ。私の一族の悲願でありましたから」
そして、にかっと笑った。
「私は早くに兵役に就いて、家に仕送りをしたのです。勉学は身につきませんでしたし、体を動かすほうが向いていたのですよ」
濫夕はそれ以上は聞かず、紅星を促した。
「ここが、夜鳴鳥の風琴を官吏から手に入れた家です」
彫物のある立派な門には、門番までいる。
そのとき、ふらふらと、物乞いの老婆が幼い子を連れて平伏した。
「帰れ!ここは貴族の子息も学ぶ塾なのだぞ!」
棒を振り回して打ちすえ、老婆が地面に転がった。
「やめなよ!」
紅星が割り込み、門番を押し返した。
「暴力を振るうことないだろう!」
門番はにやにや笑いながら紅星や後ろに控えている濫夕、咲輪を見た。
「どこぞのお嬢様か存じませんがね、ここは女人禁制。勉学の場なんですよ。ま、恋人に会いにくる女は後を絶ちませんがね」
そういって指を3本立てた。
「これで見逃してやりましょうか?しばらく見なかったことにしてもいいですよ」
濫夕が素早く懐から小銭を出して門番に握らせた。
「少し門を離れてもらえたらよい」
「へへっ!こりゃあ気前がいい!」
門番は気をよくして門の中に入っていった。
咲輪は老婆を支えて立たせようとしたが、腰を痛めたらしくて立てない。
「困りましたね……」
泣いていた孫が、あっ!と声を上げた。
「青雀様!」
しいっと唇に指を当てながら、何度も水を潜ったらしい粗末な着物姿の少女が、立派な門の横、通用口から出てきた。
「お婆、芯登、こっちへ」
「でもお婆、歩けないんだ!」
紅星は咲輪を振り返り、「運んでもらえる?」と尋ねると、ひょいと抱き上げた。
「ご案内いたします。今は講義の最中ですから声を立てないように」
青雀は通用口から塾内に入り、人目につかないように気を配りながら案内した。
後宮も立派な建物がひしめいているが、ここは廊下が多くて、そこには勉学に励む男たちが老いも若きも溢れている。
濫夕が視線をそちらに向けた。
「廊、と申します。学問に励む者は暑さ寒さを忘れ、廊下であっても師のことばを聞こうと集まるのです」
うらやましそうだな……濫夕は本当は勉強したいのかも。
紅星の視線を感じて、濫夕がむっとしたようにうつむいた。
あれ?もしかして図星?
こんなに感情が表に出るなんて珍しいな!
勉強したいって気持ちと、宦官として生きてることは相入れない。
そのことはなんとなくだけど分かる。
「皆様、こちらへ」
青雀に案内されて、下働きが寝泊まりしている小屋に来た。
中に入ると、女が一人、横たわっていた。
顔に生まれながららしい、大きな青アザ。
顔立ちは整い、静かすぎる寝姿は、死人なのかと疑うほどで、微かに胸が上下するのでかろうじて生きていると分かった。
「この人は?」
紅星が尋ねると、青雀はそっと、その女の髪をなでた。
「眠り姫……夜鳴鳥の風琴を聞いていたら目覚めなくなってしまったの」
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