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「……何だ」
「写真家さんは優しいよ」
「世話はしないからな」
「そうじゃなくて」
鬱陶しそうに体の下敷きになった髪を後ろへ流す。
「ぼく、元々母親がいなくて、父さんも十年くらい前に死んじゃったからさ。ずっとひとりで。だから写真家さんが、そうやって、優しいのがなんか」
まつ毛が長くて瞼の皮膚が薄い。今は俺がその顔を見下ろしていた。
「……一人でやってきたのか」
父親の店や生まれ育った国と別れて、こんなに遠くの地まで。
「うん。あのね、悲しい話じゃないんだ。今日もそうだったけど色んな人に助けてもらえたから。でも……うん、ひとりだった」
閉じた瞼の白さにどこか覚束ない心地がした。皮膚は眼球の形に沿って緩やかに丸く、脆い。泣くんじゃないかと一瞬焦って、するとハルカはまた突然起き上がった。
「砂まみれで気持ち悪い」
「床で寝るからだろ……」
ケープを脱いで足元へ雑に放る。ウエストポーチも外し、これは俺のいるサイドボードへ置いた。
そのとき初めて、俺はそのポーチのベルトに銃が提げられていることを知ったのだ。
「これ、」
「あ。そうだった」
お遣いの買い忘れに気づいたような気軽さでハルカはこちらを向く。特に隠そうとも弁解しようともしない。
銃。ピストルだ。くすんだ冷たい銃身と重たいシリンダーが苦々しい存在感を持っていた。銃など今時珍しくもないのに、この青年と銃火器という組み合わせがまったく似つかわしくなくて、俺は少し言葉に迷う。
「弾は入ってないよ。一度も使ったことないんだ」
そのわりによく手入れされている。
「それはまあ機械いじりの一環って言うか」
「このポーチの中身どうなってるんだ? 明らかに容量足りないだろ」
「ふふふ」
曖昧な笑みで誤魔化して、ハルカはベッドへ腹這いで横になった。顎の下に薄い枕を敷いて俺と銃を見上げる。首がつらそうだ。
電子でない回転式拳銃など久しぶりに見た俺はしげしげと無害な銃口を覗き込みながら疑問を口に出した。
「何で使わない? 魔物相手なら特に、素手より楽だろ」
「ええ? 素手のほうが楽だよ?」
「脳筋め」
「あとこれ、父さんの形見なんだ」
ハルカはごくあっさりとしている。
「弾も一発だけ。だからちゃんと、ここぞって時にだけ使うんだよ」
「ここぞって時?」
「敵討ち」
あっさりと、しかしその一言が持つ力の悍ましさは隠しようがない。生命の漲るような、死の香りがするような、ひび割れた発声だった。
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