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「小槌を振るかかライトで照らすかすればいいよ」
「何だって?」
「小さいものを大きくする方法。ぼくの国では、伝統的にその二つ」
小槌を振るかライトで照らすか。歌うように繰り返す。
「でも小槌は、あれはもともと鬼の落とし物だから手に入れるの大変かもねえ。ぼくはライトがおすすめかな、家電修理屋としては。壊れてても修理できる」
「何言ってるかさっぱりわからん」
「だから、アンタが大きくなるにはどうしようかって話だよ」
「いいから、水飲め」
口調は整っているががいかんせん眠たそうだった。俺もカップの残りを干して、ハルカが勢いよく水を飲むのを見守る。残ったビールと水の瓶の扱いに迷っていると、先にハルカがそれを回収した。俺のカバンに押し込む。
俺をカゴに入れ、支払いを済ませ、外へ出る。宵の空は黒に近いが、所々の街灯と店の明かりのおかげで足下ははっきりしていた。いつの間にか肌寒い。
「さっきの店の人に泊まるとこの場所聞いておけばよかった」
でこぼこの石畳を踏む足取りは軽やかに、ハルカは火照った頬を夜風に冷まして気持ちよさそうだ。俺はふと思い立って、カゴの縁から肩紐を上って奴の肩の上に移動する。すぐ横の口元がくすぐったそうにした。
「写真家さん、酔ってる」
「今は暗いから目立たないだろ」
「かもー?」
誰かに見られてはまずい、という懸念は曖昧になって飛んで行った。だってハルカが楽しそうだ。それに寒くて眠たくて、二人で寝床を探したほうが早いと思ったから。
俺達はまったく間抜けであった。状況に慣れて互いに慣れて、油断しきっていたので、だからこのとき彼に見つかったのも当然といえば当然の結果だ。
「あれ」
薄暗がりに紛れるように買取屋の男が煙草をふかしていた。
「さっきの写真家の兄ちゃん」
「……」
横目にもハルカの酔いがさあっと覚めていくのが分かった。
駄目だ、ばっちり見られた。もう運命的なほどまでに目が合った。俺は買取人に視線で捕まえられたまま顔を引きつらせる。
「き、奇遇ですね……」
ハルカが今にも逃げ出しそうに挨拶する。
「さっきはどうも。そっちの小さい人も、いたよな」
「……バレてたのか……」
「隠す気あったのか?」
「ああ……、こんな姿だからな。悪い、実は俺が写真家なんだ。事情があってこいつに代理で換金してもらった」
「ごめんなさい! できれば通報とかやめてほしいです!」
早口にまくし立てたのを受けて、男は面食らったようにまばたきした。
「何で通報?」
「えっと、身分偽装とかで」
「アー、そうなんのか。でもそれはするつもりないし」
にやにやと口の端を上げて男は灰を落とした。変わった匂いだな、と俺はその火明かりを目で追いかける。
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