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「あのちっさいフィルムもあんたのだったんだなぁ。どこで売ってんのあんなの」
「売りもんじゃない。縮んだんだよ、俺が。魔物の呪いを受けて」
「やべぇ」
男はまた笑った。笑っているにもかかわらず明朗さも快活さもまるでないのが剣呑だ。
「あの」ハルカが切り出した。「どっか泊まれるところ知りませんか。さっきも言ったけどぼくたち旅してて」
白い煙がぱっと広がって、その向こうで男は首を傾げた。
「素泊まりの安宿で良ければ知り合いがやってるよ。古すぎて客が入らないって言ってたし、多分今からでも部屋取れるだろ」
海の方向にもうしばらく歩けばあるらしく、大まかな道のりを親切に教えてくれた。得体の知れない男だが、やはり悪い人間ではないらしい。ハルカもほっとして「ありがとう」と微笑んだ。
そこで別れようとしたのを、何とはなしに呼び止めたのは俺だった。
「それ、何の銘柄だ?」
買取人は自分の煙の元を見下ろす。質問の意図を掴みかねたのか、何かを考えるような間を置いてから、懐から出したくしゃくしゃのケースをそのまま投げ渡してきた。
「やるよ」
「わっ」暗闇でも違わずハルカが受け止める。
「残り少ないし、やる」
「いや、それはいい。少し気になっただけなんだ」
断りながらケースを覗き込む。ラベルが見えないな、と思ったらちょうどハルカが手元を照らしてくれた。ペンのように細いフラッシュライトで、丸い光が表面を撫でる。
「Lucas……」
光。深い緑をバックに黒文字でそれだけ、社名もロゴもない。眉を寄せた俺に応えてか、持ち主が得意げな声を上げた。
「試供品の貰いもんでさ、金掛からなくていいんだよ」
「ふうん」関心がなさそうなのはハルカだ。しかし、彼は妙に平淡な調子で「もらっていいの?」と続けた。
「そのつもりで渡したぜ」
「じゃあ、遠慮なく。宿のこともありがとう、助かりました!」
今度のは明るい声だった。酒気の晴れた長い脚がすっと先へ踏み出して、教えてもらった方向へと歩き出す。買取人は煙を吐いて別れの挨拶代わりとした。
歩調に迷いはない。やや早足なのは酔いが覚めたからだろう。やがて建物の隙間から海が現れて、ささやかな浜辺に沿うように敷かれた遊歩道へ出た。道幅は広いのに、不思議と人気がない。
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