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無言で続きを促した俺から視線を外して彼は口を開く。
「父さんは魔物に殺された。寝てる間に家ごと壊されて、食われて。骨も残らなかった。ぼくはそのとき家にいなかったから無事だった。父さんと二人だったのに、ひとりで生き残ってしまったんだ」
一点を見つめる瞳は黒く、銃身と同じに光っている。
「だからぼくは父さんを殺した魔物を殺す」
故郷を捨て、姿も掴めない敵を追いかけここまで来た。携行した拳銃は標だ。使わないのに、ただその時だけを望んで、夜ごと丁寧に磨く。昼間の太陽が似合う手が低い灯りの下でゆらゆらシリンダーを握る。
俺はそれらの様を幻視して、彼の双眸と銃口の暗さをこの目に認めて、それから両手をパン! と打ち鳴らした。
ハルカがはっと顎を上げる。
「写真家さん?」
「テンションコントロールが下手なのはよくないぞ」
「え、ごめん何」
「お前は自分が、現実を生きている人間だってことをちゃんと分かってるか?」
「……何の話?」
「お前の話だ、ハルカ」
サイドボードから飛び降りて固いマットレスへ着地する。困惑に丸くなった目を見つめながらあぐらで座った。
「その過去も、動機も目的も、大事だ。無視しちゃならんものだ。でもお前がそれに生かされてちゃ駄目なんだよ。そこはきちんと切り分けなくちゃ、いつか自分を見失っちまう。
お前は人生を劇的だと思いすぎている。敢えて言うが、お前のそれは別に悲劇でも何でもない、ありふれているよ」
その瞳に怒りが散ったのを俺はしかと見た。そうだ、怒っていい。お前はまだ子供だ。
「過去でも未来でもない、今目の前を見ろ。今の自分を目的のために擲つな。明るい昼間に一人でいるのも暗い夜に楽しく笑うのも何もおかしいことじゃないんだ」
あまりに長々と話すので彼は途中から怒りを忘れてしまったらしい。呆けたような顔で何度もまばたきをし、まっすぐ突きつけられた言葉ひとつひとつの意味を噛み締めるようにしながら時間を掛けて俺の言いたいことを飲み込んでくれた。
白かった頬に生気が戻り奴は恨めしそうに枕へ口元を埋めた。
「……おじさんはそうやって、すぐ説教をするよね」
くぐもった憎まれ口にも寛容に笑ってやる。
「必要だと思うからな」
「よく分かんなかったよ」
「分かるときが来るさ。今じゃなくてもこの先で」
「星の光みたいだね」
脈絡もなく持ち出された喩えに今度は俺が聞き返すはめになった。ハルカは昼間と同じ気の抜けた顔で笑う。
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