事の顛末

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「窓から離れてね!」  ずれた帽子を脱ぎながら青年が笑顔で彼らへ告げた。人のことを心配している場合かと俺は耳を引っ張る。 「いたた」 「電器屋、アレの動きを止められるか。俺の手を使うにはカメラの前で三十秒じっとさせなきゃならん」 「ぼくは電器屋じゃない」 「できるか、できないか!」 「殺しちゃ駄目なんだっけ」  できないという可能性を全く考えない声で言う。 「そうだな。アイツに呪いを受けた被害者がいるかもしれん。殺しちまったら呪いを解くこともできなくなるから」  俺は首から掛けたカメラを支えた。俺と一緒に縮んだから今はミニチュアのようだが、機能はするはずである。これで魔物のば、人的被害も環境被害もなかったことになるのだ。  青年は肩の上の俺を無造作に掴んで路傍のゴミ箱へ避難させた。ひどい臭いがして、足を滑らせたら中に落ちそうだ。青年はさらに反対の手に持った自分のキャスケット帽を傍の街路樹へ被せるように置く。俺もそっちがよかったんだが。 「なあ」不満を言っている暇はないので、俺は短く呼び止める。土煙がもうすぐそこまで迫っている。「それでもどうしようもないときは、殺せ。お前が犠牲になってまで誰かを助ける必要はないんだ」  青年はきょとんと俺を見下ろし、緊張感のない顔でにっこり笑った。 「優しいんだねえ、写真家さん」  魔物がたてる風に彼の長い髪が大きく翻る。朝の光に白く透けて、そして次の瞬間には、消えた。  石畳の地面すれすれにまで長身を折り畳んだ彼は、ごく低いところから狙いを定め、狩りをする獣のそれのように音もなく跳ね上がった。獲物を目の前にした魔物がギャアギャアと吠える。唾液をまき散らしながら後ろ足で立つ。その足下に、全身のバネを使った奴の躯体が急来した。  目にもとまらぬ早さだ。俺は阿呆のように口を開けて、奴のほそっこい拳がいくつも魔物の腹にめり込むのを見ていた。一度二度、三度。落ちてきた前足の下敷きになる前に脇へ逃れ、足をしならせて横腹を蹴り上げる。折れる、と思った。折れなかった。汚い色の毛皮に足がぶち当たって、どん、と冗談のような音が鳴る。  青年はやはり踊るように魔物をいなし、まるで涼しい顔で攻撃を与え続けた。カバとも猪ともつかない魔物はそのたびに吠え、悲鳴じみた鳴き声をあげてよろめく。バランスを崩したところを、彼はほとんど体当たりする勢いで叩き、そしてとうとう昏倒させた。
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