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事の顛末
まったく出鱈目な速度で逃げている。
フードの中に俺を放り込んだままスタートダッシュを切った青年は、ぐんぐんスピードを上げて、それはもう特急列車さえ追い越すような勢いになって走り続けた。
石造りの街並みが後方へすっ飛んで行く。道幅の狭い裏通りは、早朝のため人気の少ないことだけが救いだった。背後に迫る魔物は見境なく人を襲うから、注意が俺達だけに向いている今のうちに対処をしたかったのだ。
俺は不安定な足場で何とか伸び上がり、奴の耳を引っ張って怒鳴る。
「電器屋ァ!」
「何!」青年も前を向いたまま叫び返した。「ていうか電器屋じゃないって!」
「何でもいい。おい、なあお前、何か策はあるのか!」
「策っ?」
短く聞いたきり、息を乱して黙ってしまう。休み無く走り続ける彼にこれ以上負担は掛けられず、汗ばんだ襟にしがみついた俺はともかく後ろを振り返った。
魔物と目が合う。
カバと猪の間の子といった風体の巨大な四つ足の獣だ。獰猛に開いた口からは唾液が滴り、四つある目は全て別の方向を向いている。それが、俺が振り向いた途端一斉に俺を見た。
「気色悪ぃ」
理性のない目のくせに、隙も死角も見つけられそうにない。それどころか本能に障る恐ろしさでまともに向き合ってさえいられなかった。
眼球一つ一つの大きさが今の俺の頭ほどはあって、そのデカすぎる蹄でプチンと蝿みたいに潰される自分を想像する。デカすぎる──否、今の俺が小さいのだ。
頭の上で揺れる青年の長い髪の先を鬱陶しく払い除けながら、俺は憤った。
「せめて体がこうでなきゃ……」
ああいった手合いを相手にするのが仕事なのだ、普段ならばこれほど追い詰められる前に対処できていたはずで、こうやって見ず知らずの若者に雑に運ばれることもなかったのである。
失態だ、最悪だ、くそ。
顔にバサッとかかって暴れる奴の髪をまた蹴飛ばして俺は歯噛みする。仕事道具は俺と同じ縮尺で手元にあるが、しかしどうやってアレの隙を突くか。
と、思案する俺のすぐそばで青年が呟いた。
「工事中」
「何だって!?」
「この先通行止め! ここでケリをつける!」
言うなり減速無しで急ブレーキ、踊るようなステップで奴は向きを反転させる。遠心力に投げ飛ばされそうになりながら俺はその肩によじ登った。
正面、砂埃を撒き散らして魔物が迫ってくる。両脇の建物の窓から不安そうな住民がこちらを見下ろしている。
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