道となれ

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 幼い頃からの夢はずっとずっと小説家だった。  絵本が好きだった。図書室が好きだった。真似をして書くことを覚えた。読んでくれた先生が褒めてくれた。それが嬉しかった。一度だけ入賞した児童の部の小説賞。壇上で受け取った賞状に書いてあった自分の名前は今までで一番輝いて見えた。くしゃくしゃになるまで頭を撫でてくれた父さんの手が大きくて、すごく優しかった。今は。今は恩師と呼ぶあの先生にも合わせる顔がなく行けない同窓会。夢を諦めろと言わずにただ毎月仕送りを続けてくれる父さんの優しさ。小説家になるという夢だけを追いかけたまま周りに置いていかれて就職できずに幕を閉じた学生時代。先月潰れたバイト先のビデオ屋の店長から言われた言葉。刺さる、全ては優しさなのだから。これらが全て加害なら、これらが全て悪意なら乗り越えられたのに。誰も彼もが優しく僕を見守り、静かに支えるものだから僕は夢を諦めることができない。なんて言い訳か。  何度も応募しても一次選考止まりの文藝賞、今まで無意識に見下していたWeb小説のコンテストにすら引っかからないいくつもの小説。量だけは書いた。毎日机に向かった。宿題なんかよりもあの机で書いたのは小説の方が多いはずだった。それなのに。一向に暖まらない身体を暖めるためなのか、いたたまれなさからなのか、小さく身を縮めた。フリーターなんてこの世に何人もいる。夢を叶えられない人なんていくらでもいる。それでもきっと諦めない人がいる。そう思うと、明けた夜の後にはいつも机に向かっている。それの、繰り返しだった。
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