道となれ

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 書いたのに読まれなかったストーリー、見せ場を書いてやれなかった主人公。意図が伝わらずに嫌われたヒロイン。書籍化、アニメ化、ドラマ化していく作家仲間たち。送るメッセージに少しもの卑屈が乗らないようにわざとらしく付けた絵文字はいつも笑っていた。努力はしていても叶わない夢があるのだといつ気づいたんだっけ。それでも毎日机に向かうのはどうしてだっけ。先生の言葉、父さんの手、壇上から見たあの景色。たった数十センチだけ高い場所から見たあの景色。堂々としていた自分の名前。姿勢を変えた瞬間に頭に落ちてきた公共料金の支払い用紙。小さく、情けなく記された自分の名前。ああ。くそ。僕はただ、好きで書いているだけなはずなのに、それを夢にしてしまったからこんなにも重い。初めて背負ったランドセルは軽かった。ピカピカで嬉しくて、登校日よりもずっと前から背負ってたっけ。僕は重くなったランドセルを下ろせないまま、どんどん社会とズレていく。見つけなくちゃいけない新しいバイト先。書き終わらない小説。無視したままの父さんからの不在着信。  狭い部屋で自分の思考に溺れそうになって飛び出した寒空の下。こんな小さな名前、いつか大きくしてやる。手で握りしめた公共料金の支払い用紙はくしゃくしゃで。惨めだった。惨めで――だからか、目の前に落ちている、いや、捨てられていたギターと目が合った。ゴミ置き場の端に置かれ、ご丁寧に張り紙まで貼ってある。 「お好きにお持ち帰りください」  誰かが諦めた夢の欠片を見た気がした。目線の先にある眩しいコンビニ。手に握ったままの公共料金の支払い用紙。今やるべき事は何なのか誰に聞かなくても分かる。けれど。僕の腕はギターを優しく抱え来た道を全力で走っていた。胸騒ぎがした。音が澄んで聞こえた。夜の孤独な音だった。誰かが僕に託した夢なのかもしれない。小説は読まれなかった。あれ以来褒められることも減っていった。それなら、歌なら。声なら、届くだろうか。聴いてもらえるだろうか。
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