道となれ

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 乱暴にドアを開けベッドに座る。高校の頃に友人に影響されて覚えたコードはまだ少しだけ、覚えていた。適当なメロディに言葉を乗せる。曲と言うには程遠いが、それでも誰かに届くような気がした。捨てられてはいたが綺麗に手入れされていたのが分かる音だった。それからただがむしゃらに音を鳴らした。届けたかった、聴いてほしかった、誰かの日々に入り込む何かを作りたかった。置いていかないでほしかった。連れて行ってほしかった、僕が連れていきたかった。僕の小説で誰かを救えたらよかった。ヒーローになれたらと思った。明日に向かう勇気になれたらよかった。そんな歌を歌った。  けれど。僕はギターを片手に謝っていた。隣人から怒鳴るように殴りつけられたドアと鳴り止まないチャイム。こんな深夜に迷惑だと言われ、何も言い返せなかった。僕の取って付けたような歌は届くとかそんなんじゃなく、皆の静かな夜を邪魔するだけのものだった。 「この半端もんが」  僕の部屋に捨てられていった言葉が僕にとっての初めての悪意だった。いや、もしかしたらこれも優しさのひとつなのかもな。けど、笑えてしまったんだ。力が抜けてしまった。そしてぎゅっと握りしめた拳で太腿を強く叩いた。半端もん、そうだ、まだ中途半端なんだ。終わったわけじゃない。諦めない。捨てたくて捨てたわけじゃないこのギターの持ち主にも届くような小説がいつか書けたら。違う。  今から書けたら。  丁寧にギターを置いて机に向かう。冒頭の書かれた原稿用紙を丸める。話を変えよう。これは僕の話。僕が進むための話。それに付随して誰かが救われる、であろう話。届けたい相手はまずは僕。そして前を向いた僕が救っていくんだ、貴方を、誰かを、全員を。馬鹿みたいだと笑えばいい。無謀だと言えばいい。だけど夢を諦めた誰かが、大切な宝物を誰かに託したくて見えるところに捨てた誰かが、馬鹿みたいに夢を諦めきれない僕を見てゴミ置き場まで走って戻るような小説を。  手を伸ばし開けた窓からは冷たくも背中を押すような風が舞い込んでくる。折れる鉛筆の芯の音、紙を擦る音。同じアパートの誰かが帰ってきたドアの音。何枚も何枚も捲る原稿用紙。  ――貴方が夢を捨てるのなら僕がそれを背負うから、どうか見ていて欲しい――  そう最後に書き記した原稿用紙とギターを手に持って戻るゴミ置き場。止まらない鼓動が自分にだけ響く。
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