ざくろ売りのおじいさん

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ざくろ売りのおじいさん

 私が小さい頃に住んでいた町には、"ざくろ売りのおじいさん"という人がいた。  おじいさんはいつも、ざくろのいっぱい入った大きなカゴを背負って歩いていた。おじいさんのくれるざくろの味は、うすくて、あんまり美味しくなかった。でも、何回も、何回も食べた。何回食べても、ざくろはうすかった。  がらがらの電車から見える田舎景色を見ながら、珍しいざくろ味のジュースを飲んでいると、そんなことを思い出していた。  今日は、地元の友達と「あらさー同窓会」をすることになっている。同窓会と言っても、仲の良かった5人で集まるだけの、いつものやつだ。  今はお昼。みんなで集まるのは夕方頃なので、少しだけ時間がある。せっかくこっちまで来たので、懐かしい場所でも巡ろうかなと思い、とりあえず、かしや台駅で降りることにした。  10年前とほとんど変わらない景色に、ほっとする。やっぱり地元が落ち着くというのは本当だ。空を見上げると、田舎の強い日光に目を潰された。リュック横のざくろジュースを取り、流し込む。口の中に、甘酸っぱい味が広がる。 「また、会いたいな」  何かの縁だと思い、私は偶然思い出した"ざくろ売りのおじいさん"を探してみることにした。  といっても、本腰を入れて探すわけでもないので、とりあえず、ぷらぷらと歩く。  ざくろ売りのおじいさんとの出会いは、小学生3年生の頃。学校の帰り道に、おじいさんはいた。 「ざくろ、食べるかい?」  しわしわの笑顔のおじいさんを、怖がる人は誰もいなかった。おじいさんは小さいナイフを出すと、さっと切り、中のいっぱいの粒をくれた。この粒を食べるらしい。 「味がうすい!」  子供だった私たちにとって、ざくろは物足りなかった。  チョコかけたいだの、いちごの方がいいだの騒いでいる中、友だちの岳くんだけは「おいしい!すてきな味!」と言っていた。さわやかな岳くんがそんなことを言うなんて、少し意外だった。  その日から、おじいさんは帰り道にいつも現れるようになった。私たちは毎回、ざくろをもらって「うすいうすい」と騒いで、家に帰った。  おじいさんは、ざくろを食べる私たちをいつも幸せそうに眺めていた。  夏休みには、おじいさんが「ざくろフェスティバル」を開いてくれたこともあった。ざくろを使った色んな料理をおじいさんが持ってきてくれて、それをみんなで食べた。どれも全部うすかったけど、とっても楽しかった。  岳くんだけは相変わらず「レシピ教えてください!」と満面の笑みをこぼしていた。  中学生にあがると、それぞれ部活やらなんやらで忙しくなって、みんなとは帰りが別々になった。  私がテニス部の玲奈ちゃんと帰っていると、おじいさんがいた。玲奈ちゃんは、おじいさんのことを知らなかった。 「なに?あのおじさん」  私は、知らんぷりをした。 「なんだろうね」 「カゴの中のやつ売ってるのかな」 「そうかもね」  玲奈ちゃんは、険しい顔をして私に言った。 「きもっ。絶対食べたくないよね」  私が固まっていると、遠くから、おじいさんが私を見つけて近づいてきた。 「ざくろ、食べるかい?」  いつもの、しわしわの笑顔。  隣にいる玲奈ちゃんの険しい顔が目に入る。 「食べません。やめてください」  私は震えながらそう言うと、早歩きでその場を去った。後ろから玲奈ちゃんが小走りで付いてくる。 「う〜。怖かった」  一瞬後ろを振り返ると、さっきの場所で立ち尽くしているおじいさんの背中が見えた。  私は、それからおじいさんには会っていない。  気がつくと、懐かしい小学校の帰り道についていた。ざっとまわりを見回す。もちろん、おじいさんはいない。  もし、またおじいさんに会えたなら、私は謝りたい。まわりに流されて、おじいさんを平気で傷つけたことを。  うっすらと体が覚えている道を歩きながら、私は「ざくろフェスティバル」の開かれた公園に向かった。公園には、やっぱり誰もいなかった。あまりに誰もいないので、すべり台に登って、ひとりですべった。きゅきゅっ、と音がして、おしりが焼けるように熱くなった。 「いたたっ」 目の前に、突然影が現れた。 「大丈夫ですか?」  視界の端に、ざくろのいっぱい入ったカゴが見える。 「えっ…おじいさ」  さわやかな顔と、目が合う。 「んじゃなくて…岳くん?」 「おおっ。久しぶり」  ざくろ売りのおじいさんの格好をした岳くんが、そこにはいた。 「なにしてるの?」  岳くんはにこっと笑って、カゴを私に見せてきた。 「もちろん、ざくろ売りだよ」  ふたりでベンチに座って、色々話を聞いた。岳くんは今、果物全般を育てているらしい。いわゆる、果樹農家というやつ。  たまにいいざくろが取れると、こうしてカゴに入れて売り歩いたりしているんだとか。 「僕が今こうしてるのも、あのおじいさんがきっかけだから」 「岳くんだけは美味しいって言ってたもんね」 「そうだよ。皆、薄い薄いってさ」 「だって薄かったんだもん」  すると、公園の前を女子中学生が通った。岳くんはそれに気づくと、目を大きくして私に言った。 「ちょっと、行ってくる」  頭がぴりっとした。あの時のおじいさんの背中を思い出す。そんなことをしたら、昔の私みたいな子に、岳くんが傷つけられてしまう。 「待って。岳くん」  私の声は届かず、カゴを揺らしながら岳くんは行ってしまった。 「ざくろ、食べるかい?」  無邪気な笑顔の岳くん。  呆気に取られている女子中学生。  私は、怖くて、下を向いた。 「食べる食べる〜っ」  その明らかに真っ白な声を聞いて、私はすぐにふたりに駆け寄り、聞いた。 「ねえ。きもくないの?この人」  岳くんは、私の急な毒舌にびっくりしているようだ。 「ちょっと。ひどいなあ」  女子中学生は、きょとんとしている。 「きもくないよ。むしろかっこいい」 「ええっ。ざくろ売りのおじいさんが?」 「おじいさんじゃないでしょ」  はっとして、岳くんの顔を見る。 「僕まだ、30なんだけど」  なんだか拍子抜けした私は、口を開けて笑ってしまった。岳くんは、ざくろ売りのお兄さんだったんだ。お兄さんなら、きもくないのだ。  ざくろを口いっぱいにして去っていく女子中学生を、ふたりで見送る。 「僕ってそんなに老けてる?」  岳くんは、不安そうに自分のほうれい線をなぞっている。 「そういうことじゃないから、気にしないで」 「気にするなあ」 「じゃあ私、そろそろ行くね」 「そっか。じゃあ、最後にさ」  岳くんは、小さいナイフを取り出して、さっと切り分けると、中の粒を取り出した。 「ざくろ、食べてってよ」  私は、岳くんから手のひらいっぱいのざくろを受け取ると、一気に口の中に放り込んだ。懐かしい味が、広がっていく。  こんな形だけど、また、ざくろ売りのおじいさんと会えたような気がした。じっくりと噛み締めながら、あの時はごめんなさい、と心の中でつぶやく。 「どう?おいしい?」  岳くんがきらきらした目で見つめている。  「うん。薄くておいしい」 「それって、褒めてるの」  大人になっても、まだ、ざくろの味は薄いままだった。
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