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灯点頃は何も言わなかった。
私も何も言わない。
二人とも黙って、三階への階段を歩く。
言うつもりはなかった。
たぶんもう十分、灯点頃は私に気を遣ってくれてるから、これ以上困らせたくなかった。
だけどつい、言葉が口をついてしまった。
そうしないと、戻れなくなるような気がしたんだ。
「ついた。……ここで、四回ノックだっけ」
「そうだな」
二人そろって、ノックを四回。
がらがらと建付けの悪いドアを開いて、教室の中に入り、ドアを閉じる。
窓いっぱいに、燃えるような夕焼けが薄闇に呑まれるところが写っていた。
「……綺麗だな、夕陽」
くるっと窓に背を向けてドアを開けようとした時、私の背中から灯点頃の声が聞こえた。
首の向きだけ変えて灯点頃を見ると、夕焼けを見たまま真っすぐに立っていて、今にも風が吹き込んできて、灯点頃を消してしまいそうに見えた。
「灯点頃、あんまり見てる余裕はない。早く任務終わらせないと」
「……うん、わかってる」
ふっと息をついて、灯点頃がくるりと夕焼けに背を向けた。
その表情を見るより先に灯点頃が私の前に立ってドアに向かうから、私は思わず言ってしまった。
「そろそろ月が見えそうだから、夜のうちに任務終わったら、月なら見れる」
「……」
無反応。
よく見ると、手が中途半端な位置で止まっている。
本日何回目かのフリーズだ。
「灯点頃?」
「いや、……いや物黎、おま、お前……」
灯点頃は行き場を失くした手をあっちこっちさまよわせながら、私の方を振り向くことなくしばらくモゴモゴなにかつぶやき、やがて小さく下を向いた。
「……いや、いい。早く帰りたいだろ」
そう言われても、お泊り会に行った娘が夜中に帰ってくるのはかなりお母さんに心配かけると思うんだけど……。
反論しかけるけど、灯点頃がシャツに隠れていた首飾りの紅い組紐を外すのを見て、口を閉じる。
組紐の先についた、指先くらいの大きさしかない白い狐面を取り外したあと、紐で肩までの髪をさっとくくる。
続いて、狐面にふっと軽く息を吹きかけた。とたん、一瞬で狐面が顔全体を覆えるくらいに大きくなる。それを流れるような動作で顔につける灯点頃。仕事モードだ。
仮面屋敷では、まず仮面がずらっと並んだお屋敷――仮面屋敷の総本山『仮面屋敷』に連れていかれて、その中から自分と一番相性がいい仮面を選ぶ。もしくは、仮面に選ばれる。
仮面はどれも簡単に持ち運びできるミニサイズで、仮面をつける人間が息を吹きかけたときだけつけられるようになる。
そして仮面の役割は、顔を隠すだけじゃない。
昔の人は仮面をかぶることで、その仮面がかたどった神様や動物に人格が変化すると考えていた。
仮面屋敷の人たちが使う仮面も、それと根っこは同じ。
仮面をつけることで、その仮面の能力が手に入る。
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