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第三話 一回だけでいいんだ
――そして嫌な予感は的中し、その日の午後五時過ぎ、もうそろそろ逢魔が時になろうという時間に、私は灯点頃とあたらよ小学校の校門前に立つことになった。
「ああ、いた」
……ついさっきも聞いたようなセリフだと思ったし見たことある光景だと思ったけど、たぶん気のせいだ。気のせいだと思いたい。
灯点頃が、四年生の教室にやってきたのは放課後になってからだ。
思いがけないアイドルの登場に教室は再び歓声に包まれ、けれどその中で、何人かの私に向けられる視線が痛い。
何より、その視線の中に、九条さんも入っていた。
……嫌だな。
友達になれた、はずだったんだけど。
無言で準備を終えてあるランドセルを背負い、無言で灯点頃がいるのとは別のドアを出ようとしたものの、
「あれ、輝千ちゃん? どこ行くの?」
にこにこしているけれど圧が強い灯点頃の声が追いかけてきた。
「……か、帰るんだよ?」
「へえ~、そっか。じゃあ一緒に帰ってもいいかな?」
は?
流石に斜め上の展開に、私はたぶんぽかんとして、灯点頃を見る。
「ほら、さっき昼休みにも言ったでしょ、僕と君ってもしかしてご近所さんじゃない? って。同じ方向なんだし、一緒に帰ろうよ」
そう来たか……。
もちろんこれも、灯点頃がついた真っ赤な嘘だろう。
どうせ灯点頃が転校してきたのは任務のためで、そういう場合仮面屋敷のほうで泊まる場所を提供してくれるからだ。
「ちょっとトウカくん! やめときなって、輝千ちゃん何考えてるか分かんないところあるんだよ?」
駆け寄ってきた九条さんが、こそこそと灯点頃に忠告しているのが丸聞こえで――ああ、もう、丸聞こえ。
表情には出さないし、そもそも出せないんだけど、その代わりに私はスカートの裾を指先が白くなるほど握りしめる。
「トウカくんは転校してきたばっかで知らないかもだけど、危ないよ。輝千ちゃん、鬼姫ってあだ名ついてるんだよ? 去年ね、」
「へえ~、鬼姫か。いいね、強くてかっこいいお姫様」
九条さんがぺらぺら話し続けるのを遮って、灯点頃はにっこり笑い……あ、やばい、怒ってる。
なるべく感情を抑えようとしてるけど、声もちょっといらだってるし、何より目が、本当に、やばい。
まったく笑ってないし、よっぽどのことがないと、灯点頃はこんな目はしない。
「僕はただ着飾って、人の事をあれこれ言ってるだけのお姫様より、一緒に戦ってくれるまっすぐなお姫様のほうが好きだけどね」
にこにこ笑ってる灯点頃の背後で、炎がじわじわと真っ青に燃え上がっているの、見えてる人間は何人くらいいるんだろう……?
九条さんはもちろん、ほとんどのクラスメートには、いつもの王子様スマイルと甘い声が認識されてる。
みんなが絶句した隙に、
「じゃあ輝千、帰ろっか」
無駄のない動きですっと私の手首を掴み、灯点頃は凍えるような笑顔を一瞬最後に浮かべて、廊下に踏み出した。
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