第三話 一回だけでいいんだ

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 私と「灯点頃(ひともしごろ)」は元相棒で、今日が終わったら、もう関係がなくなるかもしれないけど。  「(みのる)桃刀(とうか)」は今日初めて知った名前で、今朝が初対面だ。  まあ、そこまで嘘ってわけでもないだろう……と思っていると、二人の様子がおかしいことに気づいた。  お母さんは「まあ……」と口元を抑えて目を潤ませている。  そして。  灯点頃は笑顔を作るのも忘れて表情が抜けた顔で綺麗に固まり、身じろぎもしていなかった。  ひとも、と呼びかけようとして、はっとお母さんが目の前にいることに気づく。 「……桃刀?」 「へっ?」  もう一度本名を呼ぶと、フリーズが解けた灯点頃の口から、普段の掴み所がない性格からも、仮面を被ったときの王子様状態からも、まるで出そうにない変な声がもれた。  これ以上ないくらい丸く見開かれた瞳が、ぽけっと私の方を見ている。 「え、なに……」 「いやっ、何でもない」  食い気味に否定するなり灯点頃はがばっと顔を背けて片手で口元を覆ってしまう。  何やってるんだろう。人前で不審な行動するなんて、灯点頃らしくないけど。  お母さんもぽかんとして灯点頃を見つめている。 「……ごめん、いや、名前呼ばれるの慣れなくて、」 「ああ、そうなの? 輝千がお友達の名前呼ばないなんて珍しいわね。先輩のことは名字で呼んでるの?」  灯点頃のだいぶぎりぎりの発言に私は一瞬ギョッとしたけど、お母さんは普段私が「名字で」呼んでるって意味だと勝手に勘違いしたみたいだ。  助かる。 「ああ、そういえばいつもは名字で呼んでるかも」 「そうなの? じゃあ急に名前呼んじゃって大丈夫だった? 実くん、嫌だったらちゃんと嫌って言っていいからね」  確かに、年下の女の子からいきなり名前で呼ばれるのは嫌な男子も多いかもしれない。  次から気をつけよう。 「……いえ、平気です。僕も名前で呼ばれて嬉しかったですよ」  これだけの時間をかけてなんとか復活した灯点頃は、いつものキラキラした笑顔を作り直してお母さんに微笑みかける。  そうはいっても、あの灯点頃がこんなに動揺するのはよっぽど嫌だったんだろうな。  ……そういえば今日、教室で九条さんに「名前を呼ばれるのは好きじゃない」って言ってたばっかりだ。反省しよう。  名前を呼ぶのは禁止、名前を呼ぶのは禁止……よし、覚えた。 「じゃあ、泊まる用意とか色々あると思うので、僕は一旦帰ります。午後五時前に、また迎えに来ますね」  私が覚えているうちに、いつの間にか灯点頃はお母さんに丁寧にあいさつして、踵を返していた。  後には眉間にしわを寄せた私と、感動で言葉の出ないお母さんが残された。
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