第四話 あるはずのない四階へ

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第四話 あるはずのない四階へ

「……どうやって四階に行くの?」  だんだん夕暮れが近づいて来た空の下、正門の前で灯点頃を見つけた私は、ゆっくりと灯点頃に近寄りながら聞いた。  正門に寄りかかっていた灯点頃は軽く上半身を起こして、軽く微笑む。 「まずは大前提として、逢魔が時であることっていうのがある」  それなら第一段階はクリアしてるわけだ。  逢魔が時は「魔に逢う」以外に「大禍時」とも書き、怪異や魔物に遭遇しやすい時間帯のこと。  昼と夜が混ざりあう、少し薄暗くなった夕暮れ。春先の今なら午後六時くらいだ。  そしたらどうするの? ――目だけで聞くと、灯点頃は悪戯っぽく笑う。 「四段目だけを飛ばして、階段を三階まであがる。登り切ったら、三階まで昇り終わったときに正面にある教室のドアを一回ノックして、『あーきた、あきた、そっちであそぼ』と言う。それから一階に降りて、最後の一段だけ踏まずに飛ばす。最後に三階まで普通に階段を昇って、正面の教室のドアを四回ノックしてから開けて教室の中に入る。そうすると、教室のドアを開けて廊下に出た時には、三階からの階段の隣に、あるはずのない四階への昇り階段が現れる――」  そう言うと、「じゃ、行くか」と灯点頃は正門に向き直り、軽く地面を蹴った。  ジャンプしたというより、宙に浮かび上がると言ったほうがしっくりくるような身軽さで、あっさり正門を乗り越えて音もなく着地する。  手も使わないし、助走もないし、着地の時にバランスを崩すこともない。  私も同じように正門を飛び越え、灯点頃の隣に立った。  一年近くずっとこういう運動はしてないはずだけど、体に動きが染みついている。  ズキリと胸が鳴った。 「――物黎、腕落ちてないな」  そんな矢先の灯点頃の呟きで、一気に頭の中が赤く染まった。 「違うっ!!!!」  雷鳴みたいに激しい声が、私の口からほとばしる。 「違う、私は」 「けど」  低い、冬の月みたいに冷えた灯点頃の声が、私の声を遮って。  私ははっと我に返った。  目の前で、灯点頃が俯いている。  夕陽を背負ったその姿が、なんだかひどく、痛々しく見えた。  逆光がつくった前髪の影で、目元がよく見えない。  ただ、綺麗な唇が、ぐっと引き結ばれて、少し端が歪んでいるように見えた。 「けど、今日は戦うな」  今までほんの数回しか聞いたことがない、静かで強い口調。  怒っているのとは、少し違う。  これは、こういうときの灯点頃は――あれ。  なんだっけ、思い出せない。  前にも何回か、聞いたはずなんだけど。  灯点頃がゆっくりと顔を上げた。  前髪の影は晴れて、顔がくっきり見えるのに、瞳にかかる影が消えない。 「もし調査中に戦闘になったら、全部俺が引き受ける。絶対に、お前に手は出させない。武器も出すな。今日は本当に、ただ、一緒に居てくれ」 「……ん」  小さく頷くと、灯点頃はもう一度ぎゅっと結んだ唇に力をこめて、それからふっと笑った。 「じゃ、そういうことで頼む。行くぞ、物黎」 「……うん」  灯点頃の背中を追いかけながら、ふと空を見上げる。  曇りも汚れもひとつもない、紅い紅い空が、この世のものじゃないみたいに両腕を広げていた。
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