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先生に見つからないルートを完璧に把握して、放課後の学校を歩く灯点頃を追いかけながら、さっき、元から生徒だったのかってくらいすいすい屋上にたどり着いていたのを思い出す。
仮面屋敷では、潜入先の地図地形、見取り図、その他色んな情報をたたきこむのが基本中の基本。
もちろん今回も記憶力のいい灯点頃は、先生も、生徒すら知らないこの学校の情報を片っ端から頭にいれてきたんだろう。
「じゃあまず、今から三階までの階段を、四段目だけ飛ばして全部昇る。物黎、ジャンプで一気に全部の階段越すなよ」
「……越さない。今の私は、仮面屋敷の人間じゃないから」
すっと灯点頃の脇を通り抜けて、階段に足をかける。
一段目、二段目、三段目、五段目。
まず一つ目の階段を昇り終えて、折り返す。
一段目、二段目、三段目、四段目を飛ばして、五段目、六段目――。
昇り終わる。
折り返し。
一段目、二段目、三段目、五段目。
後ろから、何も言わずに灯点頃がついてくる。
三階まで昇ったところで、私は正面の教室を指さし、「ここ?」と聞いた。
灯点頃は軽く頷き、私を追い越して、ドアを軽く一回叩く。
「あーきた、あきた、そっちであそぼ」
私もノックを一回。
「あーきた、あきた、そっちであそぼ」
その瞬間——。
ぞわりと、気配がした。
仮面屋敷にいた頃は、ほとんど毎日感じていた気配。
首筋の毛がちりちりして、背筋がぞっとする。
違う世界に、片足を一歩、踏み込んで。
もう抜け出せない感覚だ。
「……物黎? 大丈夫か?」
「うん」
ばっと身を翻して、たんたんたんと少し早足に階段を降りる。
「物黎? おい」
「大丈夫」
短い言葉で灯点頃の声を封じて、ひたすら階段を降りる。
大丈夫。
こんな感覚、ただの、そう、遊びみたいなもので。
大丈夫、ちゃんと抜け出せる。
この一回だけだから、これが終わったら、私は、もう。
「灯点頃」
「ん?」
「明日の朝になったら」
階段を降り続けて、最後の一弾の一歩手前で、足をそろえて立ち止まる。
振り向かない。
灯点頃の顔は見ない。
「――『物黎』のことは、忘れてね」
最後の一段を飛ばして、とんっと階段から離れた。
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