第二話 さようなら、日常

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「お前の性格は知ってるけど、それと心が追いつくのはまた別」 「……ややこしいね」  はあっとため息をつく。顔を見なくても、灯点頃がムッとしたのが分かる。 「私が抜けたところで、他のメンバーがすぐ穴埋めに入るんだから、任務に支障はでないでしょ。灯点頃は次期幹部って言われてたくらいだし、相棒組みたい人はいっぱい見つかると思ったんだけど」 「物黎の代わりなんかいない」  せっかくゆるく繋がれていた手が、ぎっと強く掴まれた。 「灯点頃、痛い」 「俺が、物黎以外の誰かと相棒になれるって、本気で思ってたのか?」  睨みつけてくる瞳が、気の弱い成人男性なら殺せそうなほど鋭く研がれていた。  なにがダメだったのか、これはだいぶ怒らせてしまったらしい。  さてどうしよう、と逃げ道を探し、私はふと九条さんの言葉を思い出す。 「そういえば灯点頃って、みのるって名前だったんだね」 「おい、話題を変えるな。俺の名前とかどうでもいいだろ。灯点頃の方が気に入ってる」 「それで、下の名前がとうか? みのるとうか」 「……」  確かめるように慣れない響きを刻むと、なぜか灯点頃の目が泳いだ。 「……なに?」 「別に何も」  すうっと目が逸らされる。耳が、少しだけ赤い。 「……もしかして具合悪い?」 「どこをどうしてそう思った⁉」 「灯点頃ってあんまり顔色変えないのに、耳赤くなってるから」 「……っ!」  灯点頃が何か言いかけて、それからふいに、諦めたように力を抜いた。 「はあああ……」 「やっぱり具合悪い?」 「……そうかもな」  盛大にため息をついて、灯点頃はぐしゃっと髪をかき回した。 「久しぶりに物黎に会って、あんまり冷静さを保ててない」 「うん、それは分かる。ステージから降りるときも音立ててたし」  いつもの灯点頃だったら、あの高さから飛び降りたくらいじゃ音は立てない。  仮面屋敷のメンバーの中でも群を抜いて身軽って言われる灯点頃は、夜の街を走りぬけて屋根から屋根に飛び移ったり、とんでもない高さのビルからいきなり飛び降りたりする。 「あの状況で、音立てないように飛び降りろってほうが無理だろ」 「どうだろ。灯点頃は音出さないのがクセになってるんだから、どんな時でも足音は立てないでしょ」  バディやってたころも、物音ひとつなくいきなり後ろから話しかけられたりしたな。私は表情変えなかったけど。  もともと、私は無表情なほうだ。表情があんまり変わらない。めったなことがない限り、声にも感情が出ない。 「……お前はカガチって呼ばれてたな。それが名前か? それとも名字?」 「名字は(くれない)の月って書いて『くづき』。名前は輝くに、数字の千で『かがち』」 「へえ、いい名前だな」  目を細め、くしゃっと灯点頃が笑う。  私はパチパチと軽く瞬きを繰り返して、じっとその顔を見た。  視線に気づいた灯点頃が、悪戯っぽく口角をあげる。 「なに? 見惚れた?」 「見惚れてはない。灯点頃が笑うの、久しぶりに見たから」 「……さっき教室で笑っただろ」 「あれは笑顔に入らない」  ほんとの灯点頃の笑顔は、あんな計算しつくされた笑い方じゃない。  即答すると灯点頃はパチパチ小さく瞬きをして、またすっと目を逸らした。今度は耳だけじゃなく、頬もかすかに赤かった。  ……本格的に具合が悪そうだ。 「灯点頃」 「なん……っ⁉」  返事をしかけて、灯点頃が息を詰まらせた。 「……なにしてるんだ?」 「やっぱりいつもより0.2度高い」 「輝千、なにしてるんだって聞いてるんだけど」 「熱を測ってる」 「いやそうじゃなくて」  私は灯点頃の額から手を離して、真顔で首を傾げた。  本当に灯点頃は、何を言ってるのかよく分からない。  そもそも行動も意味不明だし、なんなら存在自体がもう不思議だ。 「熱があるから、保健室に行った方がいい」  そう言うと、灯点頃の頬からすっと赤みがひいた。  じとっとした目が私を睨む。 「お前、そうやってまた逃げようとしてるな?」  バレたか。
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