エミューナ十六歳、初めての反抗

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エミューナ十六歳、初めての反抗

いつも柔らかく自然な微笑みを浮かべているその唇をぎゅっと引き締めながら、エミューナは返す言葉を探していた。 「聞こえていないのか、エミューナ。返事をしろ」 彼女の父親、この北方大国ワーネイアの国王が、厳しく彼女に詰問する。茶色の髪には白髪が混じり、昔は均整の取れていた身体にも贅肉が付き始めている。良く言えば威厳が出た、有り体に言えば老いた彼女の父は、心まで老いて冷たい石のようになってしまったのか。 「……嫌、です。」 ふわり、とエミューナの水色の巻き髪が揺れる。かぶりは振れたが、父のすみれ色の目を見ることは出来ない。 「何?」 国王は、聞き間違いかと玉座を立ち、エミューナの方に歩み寄る。エミューナは思い切って顔を上げた。 「ええと…結婚は、嫌です。わたくしはまだ十六歳ですし、相手の顔も知らずに、そんなの…」 「お相手はネヒティアの第一皇子だ。不足はあるまい。」 「でも…、お姉様だってまだですし、どうして…」 彼女の姉、第一王女アンゼ姫は二十四歳。彼女もワーネイアの若き将軍フィーアールと婚約はしているが、結婚はまだ成立していない。 「お前が嫁いだら、アンゼもすぐだ。エミューナ、婚約は承諾したではないか。」 「お父様のお顔を立てるためです。」 「……。他に想う者でもあるのか?」 「………。いいえ……。」 彼女の脳裏に、短い金髪の好青年の笑顔が浮かぶ。しかし、それは秘すべき心だ。今までも、これからも。 「それでは、構わないだろう?私だって、お前の気持ちが分からないわけでも」 「解っています!わたくしの母は…」 「エミューナ…!!」 「だから、この国にはいられないのでしょう?」 パンッ! 国王の目が吊り上がったかと思うと、エミューナは左頬を強かに平手打ちされていた。 「いい加減にしろ!」 父の鋭い叱責が刺さる。殴られた頬の痛みよりも、彼女の心の方が何倍も痛かった。 「う…うう…、お父様にだって殴られたことなかったのに…。」 涙を堪えて謁見の間を走り去る娘を引き止めず、父はじっと右手を見る。 「…私、殴ったことなかったっけ…?」 「で、結婚が嫌だから家出というわけか。」 父親譲りの美しく輝く薄い金色の長い髪をかき上げながら、高貴な雰囲気の女性は聡明そうな翠色の双眸で妹を見遣った。 「アンゼ様は?」 エミューナは今の状況に驚いていた。真逆自分の思いつきに、あの賢明な姉が付き合ってくれるとは思っていなかったのだ。しかし事はどんどん進み、今二人は外出用の外套を無事に調達して羽織り、荷物とランプを手にしている。 「私は…、やりたいことがあるの。」 アンゼが少し悩んだ後、言葉を選んで話す。幼い相手や理解力のない相手──この場合どちらもエミューナのことである──にも分かる言葉を選ぶのが、彼女の癖だった。 「やりたいこと…?」 エミューナは不思議そうに首を傾げる。それは、城を出ないと出来ないことなのだろうか。 「うん、そう、すごくね。…それじゃあ、行きますか。エミューナ様、」 「はい?」 「水筒持った?」 「はい!」 「お弁当持った?」 「はい!」 「おやつ持った?」 「はい!」 澄んだすみれ色の目で元気良く返事をする妹に、アンゼは嘆息した。 「…全部置いていきなさい。遠足じゃないのよ。」 「はい…。でもアンゼ様、バナナはおやつに…」 「入っても入らなくても置いていきなさい!」 一方その頃、城下町の一画では、夜の酒場だというのに人々が酒精も取らずに集会をしていた。 「今こそ我が国を変える時だ!」 「国民の自由を勝ち取るのだ!」 「重税と貧困から民を救おう!」 「ネヒティアに頼らず、自らの力で立つワーネイアを!」 「我々の手に、政治を!」 熱に浮かされたように、口々に叫ぶのは革命の意気。その中で、ひときわ体格と身なりのいい男が立ち上がり叫んだ。 「そうだ。時は近づいている。王家の者たちも、我々の策にはまりつつあるのだ!」 「リーダー!」 拍手と歓声が沸き上がる。その興奮を尻目に、酒場のカウンターでグラスを傾ける者たちもいた。 「…しかし、いつ始まるんだろうね。あの人の言う作戦ってやつは。」 「何だかんだ言ってるけど、自分は王様に気に入られて美味い飯食べてるものね。」 「でもなぁ、やっぱり内部にこっちの者がいるってのは強いぜ。信用があればあるほど、入ってくる情報は確かだ。」 「作戦や情報もいいけど、行動も大切でしょ?」 「何にせよ、リーダーはいまいち、な。」 彼らは懐疑的な目を集会の中央に向けた。リーダーと呼ばれた男が興奮する民衆に向かって力強く拳を振り上げる。 「我々の時代がやって来る!!」
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