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「危ないっ」
黒田君が私の二の腕をぐいと引き寄せた。よろけた私のすぐ横で舌打ちが鳴る。電車に気を取られていた私と、歩きスマホに夢中なおじさんが、危うく衝突するところだったらしい。
「佐川さん、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう、ちょっとぼぉっとしちゃってた」
「残業続きで疲れてるんじゃないですか? 帰ってしっかり休んでくださいね」
言いながら、黒田君は私が電車に乗り遅れないようそっと背中を押してくれた。
優君のことは大好きだ。私は一、二ヶ月に一度のデートを何より心待ちにしているし、側にいると心底安らぐ。優しく真面目で、信頼できる彼氏だ。
だけど。
ガラス越しに手を振り、人懐っこい笑顔で見送ってくれる黒田君に、宝石のように煌めくこの気持ちを、どうして抱かずにいられるだろう。
彼に触れられた、半袖ブラウスから剥き出しの二の腕がじんと熱を持っている。めんどくさがらず、昨晩しっかりムダ毛の処理を行った自分を褒めてやりたい。
わかっている。これは、アイドルに焦がれるファンの気持ちと似たようなもの。私には優君がいる。そして、黒田君には彼女がいるし。
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