おきつねさん

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 下校時間になった。こうしてこの通学路で帰るのも、あと少しだ。友達と帰るのも、あと少しだ。寂しいな。  達樹は友達と田園風景の中を歩いていた。とてものどかだ。東京とはまるで違う。小鳥のさえずりがよく聞こえる。夏になると虫の声やセミの鳴き声もよく聞こえる。これも東京ではあまりないだろう。 「じゃあね。バイバーイ」 「バイバーイ」  達樹はT字路で友達と別れた。ここからは1人で帰る。人通りは少ない。だけど、怖くない。ここはのどかな場所だ。東京は危ない場所で、1人で歩いていると誰かが襲い掛かってくるかもしれないから注意しなさいと言われている。ここではそんな事がないだろう。襲われても、この近くの人々が助けてくれるはずだ。みんなが知り合いみたいだからだ。  達樹は稲荷神社に差し掛かった。その稲荷神社には時々行った。ここで夏祭りをした時は楽しかったな。夏休みに帰って、また行きたいな。 「ねぇ?」  その時、誰かの声がした。達樹は辺りを見渡した。だが、誰もいない。達樹は首をかしげた。  達樹は再び前を向いた。達樹の目の前には九尾の狐がいる。ここの稲荷神社の狐だろうか? 達樹は驚いた。まさか妖怪に出会うとは。 「えっ!?」  九尾の狐は右手で達樹の頭を撫でた。心配そうな表情の達樹を慰めているようだ。 「大丈夫かい?」  達樹は顔を上げた。九尾の狐は優しそうな表情で達樹を見つめている。留梨子ではないのに、まるで留梨子のようだ。わかっているのに、どうしてそう感じてしまうんだろう。 「何とか・・・」 「何か悩みがあったら、僕に聞いてもいいんだよ」  達樹は九尾の狐と共に、稲荷神社の茂みに入った。ここで悩みを聞こうというんだろうか? 「ありがとう」  2人は茂みの中で2人っきりで話をする事にした。まさか、九尾の狐と話すとは。達樹は少しドキドキしている。 「僕、お母さんと新しいお父さんのいる東京に引っ越すんだ。だけど、新しいお父さんの元でやっていけるのか不安で」  達樹は泣きそうになった。ここを離れるのが辛い。もっとここで暮らしたい。東京に行くのは大きくなってからでいい。それまではここで暮らしたいのに。 「そっか。でも大丈夫。新しい生活でも頑張って!」  九尾の狐は励ましている。東京の事は他の九尾の狐から聞いた事がある。とても賑やかで、楽しい所だ。きっと気に入るだろう。 「不安なの?」 「うん」  それでも達樹は不安げな表情だ。東京よりも、のどかなここがいいに決まっているのに。 「大丈夫だよ。うまくいくさ。頑張って!」  九尾の狐は達樹の肩を叩いた。達樹は少し元気が出た。だが、完全ではない。九尾の狐は笑みを浮かべた。きっと受け止めて、成長する事ができるさ。  達樹は茂みを去っていき、帰り道を再び歩き出した。九尾の狐は茂みからその様子を見ている。 「あの子、大丈夫かな?」  九尾の狐は不安に思っていた。この子は東京でうまくやっていけるんだろうか? ひょっとして、ホームシックでここに帰って来る事にならないだろうか? 別れを通じて、人は成長していくのに。この子はそれをわからないんだろうか?  達樹は家に帰ってきた。家は東京の家に比べて庭が広く、農具が入った倉庫もある。田舎ならではの光景だ。だが、東京の都会ではそんなのは見られないだろう。あるのは単なる物置だけだろう。 「ただいまー」  達樹の声に反応して、タエがやって来た。タエはエプロンを付けている。昼食を作っているんだろう。達樹は入った瞬間、何を作っているのかわかった。カレーライスだ。 「おかえりー。どうしたの? 遅かったじゃないの」  タエは心配していた。いつもより帰りが遅い。今日は半ドンでお昼までなのに、少し帰りが遅い。 「何でもないんだよ」  九尾の狐に出会った事を、達樹は内緒にしようとしていた。妖怪なんて、誰も信じないからだ。自分も信じない。だけど、僕は会ってしまった。 「ふーん。ならいいけど」  と、玄関の近くの黒電話が鳴った。誰からだろう。達樹は受話器を取った。 「もしもし」 「もしもし、たっちゃん。明日はいよいよお別れ会だね」  留梨子だ。少し前まで東京で働いていたが、現在は専業主婦だ。夫の収入で2人で暮らしている。 「そうだね」  達樹は寂しそうだ。お別れ会と聞くと、もうすぐこの村との別れ何だと感じ、寂しくなる。そして、不安な東京での生活が迫ってくる。 「色々あったけど、明日までなんだね」 「寂しいよ」  達樹は泣きそうになった。留梨子にもそれがわかった。留梨子は必死で励まそうとする。 「大丈夫大丈夫。乗り越えようよ」 「それでも・・・」  結局、達樹は泣いてしまった。タエはその様子を心配そうに見ている。タエも心配している。達樹は東京でやっていけるんだろうか? また帰って来るって事にならないだろうか? 「出会いと別れを乗り越えて、人は成長していくものよ。頑張りなさい」 「じゃあね」  達樹は受話器を置いた。達樹は下を向いている。タエは達樹の肩を叩いた。励ましているようだ。 「お母さんから?」 「うん」  達樹は涙ながらに話している。タエは達樹の頭を撫でた。寂しいけれど、東京でも頑張ってね。応援してるよ。 「お母さん、東京で待ってるわよ」 「うん。だけど・・・」  タエは笑みを浮かべている。東京は楽しい所だから、達樹も気にいるよ。楽しいからみんな、東京に行くのに、どうしてここにこだわるんだろう。 「東京でも頑張りなさい」 「だけど・・・」  突然、タエは表情を変えた。力強い表情だ。 「いつまでもここにいちゃいけないのよ! いつかは独り立ちしなければいけないのよ!」 「うーん・・・」  達樹は泣き止んだものの、下を向いている。相変わらず不安が抜けないようだ。 「胸張って東京で頑張って!」 「わ、わかったよ・・・」  結局、頑張ると伝えてしまった。本当はここにいたいのに。東京で頑張れと言われても。ここで頑張るのがいいよ。
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