途切れた道

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 ゴールデンウィーク、遥人(はると)はのどかな川沿いの県道をドライブしていた。この辺りは山里で、そんなに人が住んでいない。昔はもっと多くの人が住んでいたが、若い人はみんな去っていき、老人ばかりになった。そして、老人は次第に死んでいき、人口は減っていった。  重幸は窓を開けて外の風を感じていた。かすかに聞こえる川のせせらぎで心が癒される。山里の魅力って、ここにあるんだろうか? 「あれっ!? あの人は誰だろう」  と、遥人は途切れた道の端で何かを見ている老人を見つけた。なぜかとても気になる。話しかけてみようかな?  遥人は近くの交差点の前に車を停めた。だが、老人は気づかず、途切れた道の向こうを見ている。遥人は車から降り、老人に近寄っていく。 「どうしたんですか?」  誰かに気付いて、その老人、重幸(しげゆき)は振り向く。その若者は、誰だろう。初めて会う人だな。 「あの向こうに故郷があるんですよ」  重幸はあの道路の向こうにあった集落、門井(かどい)という集落の出身だ。門井は街道から少し離れた、川の対岸のわずかな平坦な地にあった集落だ。当初から人数が少なかったものの、畑作などで栄え、賑わっていたという。だが、若い人々は集落を去っていき、集落からは人がいなくなった。 「そうですか・・・」  聞いていて、遥人は寂しくなった。集落がなくなるなんて、想像したことがなかった。だけど、故郷がなくなるのは寂しい事だと思う。 「私はあの向こうにある門井という集落で生まれた。あそこはとてものどかな場所だったのに。もう帰れないんだ」  門井から人がいなくなってから10年ぐらい経った夏、強い台風がやって来て、門井を結ぶ唯一の道だった橋が台風による豪雨で流されてしまった。普通だったら復旧させるのだが、門井がなくなった今、その橋を再建しても意味がないと判断された。そして、その橋は再建される事がなかったという。だから道は、ここで途切れているのだ。 「どうして道路が途切れているんですか?」 「橋が台風で流されて、復旧しなかったんです」  遥人は驚いた。橋が再建されないなんて、普通ではありえない事だが、もう用途がないのなら、なくならなければならないんだろうか? 寂しいな。 「そうなんですか。でも、どうして復旧しなかったんですか?」 「もう門井には誰も住んでいないから、用途がないと判断されたんです」  重幸は寂しそうだ。本当は再建してほしい。自分が生まれ育った門井が恋しい。橋がなければ、門井に行けない。 「そんな・・・」  遥人は心を打たれた。帰りたくても帰れないなんて、悲しいだろうな。重幸の気持ちがよくわかる。 「仕方ないんですよ。もう誰も住んでいないんですから。でも、寂しいですよ。もう帰れないんですから」 「子供さんはどこですか?」  ふと、遥人は気になった。重幸に子供はいるんだろうか? 子どもは今でもここに住んでいるんだろうか? 「みんなこの村を出て、東京に行ったんです。だけどわしは、故郷のあるこの村で最期を迎えたいんです」  重幸は下を向いた。時々帰って来るけど、できればいつでもそこにいてほしいな。だって、寂しいんだから。 「そうですか」 「できればもう一度帰りたいんだが、もう無理だろうな」  重幸は途切れた道路の向こうを見た。そこにも道路がある。この間に橋があったんだろう。遥人はその先の門井を思い浮かべようとした。だが、思い浮かべる事ができない。行った事がないからだ。 「どうにかして帰る方法はないんでしょうか?」 「ないんだ。あれが門井へ向かう唯一の道だったから」  あの道は、門井の集落の中で終わっている。だから、門井に行く手段はもうなくなっている。故郷は近くて遠い。 「そうなんですか。また帰れたらいいですね」  遥人もその先の道を見ている。可能性は低いかもしれないけれど、いつかまた、ここに橋ができて、門井の集落の跡に行けるようになる事を。
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