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「そういうことでしたか。じゃあ、穂高さんって呼んでいいですか?」
夏海に笑顔が戻り、穂高は心の底から安心した。
催促したつもりはなかったが、名前で呼んでもらうことにもつながって、結果オーライだと思った。
「ぜひ、そっちでお願いします。えっと……」
「私のことも、名前で呼んでもらえると嬉しいです。ここにいるみなさん、きっと私の苗字は覚えていないでしょうし」
この言葉を聞いてから周囲をうかがったのだが、誰とも目は合わなかった。
夏海の声は聞こえているように思うが、あえて反応しないようにしているのか、それとも本当にわからなくて反応できないのか、その判別はできなかった。
「穂高さんは、この近くにお住まいですか?」
他の客のことは一切気にしていない様子で、夏海が質問を続けた。
自己紹介が得意ではない穂高にとっては、こんなふうに聞かれたことに答える形が望ましい。
「そうですね。歩いて十分もしないところに住んでいます」
「そうなんですね。え、最近こちらに来られたんですか?」
「いえ、この街に来てもう六年になります。今日はたまたま、こっちのほうまで足を延ばそうと思って、そしたらここに着いたんです」
この店を見つけたのは完全に偶然なのだが、もうちょっと気の利いたコメントはできなかったのかと、穂高は自分で自分に突っ込みを入れたくなった。
しかし、穂高はこういうところで機転が利くようなタイプではない。
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