The Tempest

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 僕の言葉を聞いた老人は、ニヤリと下衆な笑みを浮かべる。 「筏は波に流されて、13日目にやっと『とある島』に辿り着いたらしい。その島はとても見目麗しく、絵に描いたような砂浜が彼らを迎えた。……しかし、島に辿り着いたときに筏に残っていたのは15人だけだったそうな」 ──『見目麗しく、絵に描いたような砂浜』。  僕はその島を知っているような気がした。  段々と強くなる腹の痛みは、まるで僕の内臓を雑巾絞りにでもしているようにジワジワと、そして確実に痛みを増してゆく。 「筏での凄惨な光景を見守っていた少年は、島に着いたと同時に森に逃げ込んだ。もっとも……食料と飲める水を探しての事だったが、いつまた殺戮が起きるか分からないから、残った船員達と離れたかったんじゃろう……」  老人はズズィ……と鼻を啜り上げて深呼吸する。 「少年は船員の事が大嫌いだった……確かに身分は卑しくても、航海の技術を見込まれて乗船しているのに、大してロクに操作も判断も出来ないクズどもが、寄って集って自分を貶すのが許せなかった……」  口調に熱のこもった老人は、感情の乱れを直すように咳払いをした。 「少年は森に入ってから、この島には致命的に水が無いことに気が付いた。そして、こうとも考える……このままいけば、今度は水分を求めてまた共喰いをするのではないか──と」  僕はその話の経緯を、固唾を飲んで聞き入る。きっとこの先は聞いてはいけない──いや、聞くべきではない……とも考えるが、しかし老人は話を止める様子は無い。 「……森を歩き続けた少年は、幸運な事に湧き出る泉を見つけたんじゃ!……その泉は少年の背丈の半分も無いほんの小さな泉で、少年は歓喜の声を上げた。……最初は無心に水を喉と腹に流し込んだ少年は、ふと良い考えが思い浮かび、再び歓喜の声を上げて舞い踊ったそうな」  既視感。  この老人の話は、ここ数時間の内に僕の身に起きた嫌なぐらいの共通点があった。  ブルル……と身震いをした僕はその震えが痛みからなのか、恐れからなのか判断が付かない。 「……少年は『お守り』を使う決意をした。なんせ少年は、何度も死のうと『お守り』を飲んだが故に、その効き目が出にくい体質だった。だからこうやって使う時を待っていたのさ……小瓶の中身を泉にぶち撒けて、なぁ」  まるで殴られた時のように、目の前に火花が散る。もしもこの話が本当ならば……僕は一体──。 「そして、少年は推測通り水をめぐって島内で殺戮を繰り返す船員を呼んだ。最初は偉そうにするものばかりだったが、泉の話をすると途端に血相を変えてひれ伏す……無様で滑稽だったよ」  含み笑いよりも卑劣で、大笑いするよりもいやらしいその笑い方は、僕の頭にこだまして目眩を引き起こす。 「少年は一瞬にして『奴隷』から『王様』になった……。彼は嬉しそうに最期の晩餐をする船員達を嘲笑い、あの筏のたった1人の生き残りである事に誇りを持った。数分にして悶え苦しみ出す船員1人1人を、今まで自分がやられてきたように殴り、蹴り、弄んだ。……そして、その生き血でたらふく腹を満たしたそうな──」  ゴゴッ……と揺れた炎は強く揺らいで掻き消え、老人の姿は闇に飲まれる。何となくではあるが、僕は僕の最期を自覚した。  きっとこの腹痛も、飲み水が不衛生だった訳じゃないんだ。 「若人よ……最近この島に来る者が少なくて、ちょうど腹を空かしていたんだ。……あぁ、久しぶりに生暖かい水が飲めるぞぉ」  闇夜に蠢く老人の影に、一瞬だけ銀色の何かが反射した。 ──あぁ、魔術師は酷く狡猾だ。 ─fin─
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