The Tempest

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「生き……てる……」  サラサラとした美しい砂浜に打ち上げられた僕は、白波が立つ海岸を眺めながら自らの生を噛み締め、一体いつからこうしているのかも分からない体に力を込めた。  しかし、倒れ込んだ砂浜は低反発のマットレスみたいに力を分散させるので、さっきまで生死を彷徨っていた僕は上手く感覚を掴めないまま無様に転げる。 「いってぇ……」  まだ船酔いが覚めない気分のまま、ぐるぐると重く回る脳を酷使して思考を巡らせた僕は、自分が燕尾服を着ているのを見て大概の事情を察した。 ──そうだった……僕は船から落ちたのだ。  裕福な友人が催した船上での誕生日パーティーに呼ばれた僕は、柄にもなく正装に身を包み、普段はボサボサの髪をワックスで整え、伸びた無精髭を剃り、それから高価な香水を首元に散らして参加したのだ。  とても優雅で、散々に豪華な客船なんて一生縁がないと思っていたが、まさかこんな形で乗ることになるとは思いもしなかった。元来、僕は『セレブ』なんてモノには無縁で、この友人さえも友達のまた友達……つまり温情で声がかかったに過ぎない。 「今日はパーティーに来てくれてありがとう……ここに集まったのはみんな僕の大切な人達さ!」  スポットライトを浴びて招待者に頭を下げた友人はやはり言葉も所作もスマートで、一夜漬けで優雅になりすました僕とはかなりの違いである。  それでもそんな言葉に浮ついた僕は、とりあえずのクラフトビールに始まり、手に持ったグラスに注がれる赤ワインを2、3杯、綺麗なお姉さんが置いてったソルティドッグ、それからハイボールと締めの熱燗……豪華な食事を食べたのか、数々のアルコールを流し込んだのか区別はつかないが、その全てをたらふく楽しんだ。  これだけ呑めば当たり前の話ではあるが、僕は立つのもやっとの千鳥足で立ち上がると、尿意を催して席を離れた。  最初に船内について説明は受けた覚えもあるが、酒に犯された脳では正常な判断が出来るわけもなく、僕は慌てて甲板を目指して歩みを進める。  幸か不幸か……探し始めてから数分と立たずに見つかった「OUT」という文字の看板を引っ提げた扉を、本能のままに引っ張った僕はすぐに後悔した。  外は寒く潮風が吹き荒れている。それに対して室内は温かく密閉的で、その気圧差が引き金となって手すりの低い非常口へ繋がる扉から、僕の体は勢いよく外に吹き飛ばされる。 「うわあぁぁぁぁぁッ!!!」  断末魔にも近い叫び声を上げた僕は、もう少し死に方ぐらい選びたかった……なんて死の間際とは思えぬズレた思考を巡らして、夜の海に沈んだ。
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