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「はい」
「石和勇大さん」
「はい!」
ホームルームで出席を取るときも、目線は手元の出席簿に向けられたままで、次々と名前を読んでいく。
だから、上田先生は気が付かなかった。それどころか、クラスの中で気が付いた人はいなかったかもしれない。
チコの隣、一番後ろ、窓際の席がぽっかりと空いていることに。
そして、それを横目で見たチコがため息をついて、右の人差し指を小さく振ったことに。
「ぱちっ」と音がして、チコの横にある窓の鍵が外れる。
朝一番で委員長が換気のために開けて、しばらくして閉めておいたのだ。
それが、誰も触っていないに開いていく。
30cmほどのすき間ができたところだった。
窓の外で突風が吹いて、小さな女の子が飛び込んできた。
物音一つ立てずに教室に入り込んだ女の子は、目にも止まらない速さで空いていた席に座ると、
「影山おとはさん」
「はい」
小さな声で返事をした。目線を下に向けたままの上田先生は気付いた様子もなく、出席を取り続ける。
何度も言うが、五年一組の教室は宮代小学校南校舎の3階にある。
窓の外にはベランダはもちろん、階段やハシゴのようなものもない。外から教室に入ることなんて、普通の生徒はできっこないのだ。
「影山おとは」と呼ばれた女の子は、カバンから小さなメモを取り出すと何かを書いて、こっそりとチコに差し出す。
『おはようチコちゃん。今日も窓あけてくれてありがとう』
チコは手早く鉛筆で書いて、おとはに返す。
『いい加減、ふつうに教室に入ってきなさいよ』
『だって、チャイムが鳴る前に話しかけられたら、恥ずかしくて何を話したらいいか……』
『先生が出席取り始めてから教室に飛び込んでくる方が恥ずかしいと思うけど』
『それな』
何が『それな』なのか。チコは眉をしかめる。
『いつか本当にバレるからね、おとはが本物の忍だってこと』
おとはは人差し指を口元に当てて、「しー!」とジェスチャーをする。
『大丈夫!忍術は隠れるのが得意だし、気が付いたのチコちゃんだけだから』
それがヤバいんでしょ、とチコは2度目のため息が出る。
隣の席の女の子は、影山おとは。
四年生の途中から宮代小学校に転校してきて、チコとはその時から同じクラスだ。とにかく引っ込み思案で周囲と打ち解けるまで時間がかかった。
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