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セクハラ沙汰の、年下男子君。
「ふぁ……あぁぁ〜もぉ〜……だから、ぁたしは、さ、ひっくっ!!」
「……」
「な〜によ、酔っ払ったぁ、っく、女の人に、まさか興奮してんの?」
「……あの、もうそろそろ帰ってもいいですか」
「ダメっ!」
ここは、仕事終わりの社会人、他にも柄が悪そうな輩から身だしなみを捨てた男女まで、様々な人々が集う夜の飲み屋街。大都会、東京の渋谷に位置するここは、常に人で溢れかえるほど繁盛しているようだった。
その中でも、特に際立っている一組のペアがあった。酔い潰れたスーツ姿の無防備な女性……そして、もう一人、明らかにこの場にそぐわない、未成年の少年がいた。
「てか、今何時だと思ってるんですか!?未成年こんなに引きずり回して……俺もう帰んないと——」
「うっさいなぁ……いま、ぁたしが気持ちよ〜く飲んでるんでしょうがぁ!バイト君!君はそこにいれば、っく、よろしい!」
「ホントに……後で金くれるんですよね」
「はいはい、分かってる分かってる〜。おじさ〜ん!ビール二杯追加〜!!」
「……」
少年……坂葉奏(サカバ カナデ)は17歳の高校生だ。今日は彼にとって、人生初のアルバイト経験日になる、そのはずだった。まさかこんなことになるなんて……あの時は思いもしなかっただろう。
「っはっはっはっはっは〜!ほらほら〜、バイト君も一緒に飲め飲め〜、うりうりうり〜!」
「うっ、ち、ちょ……なんで、なんでこうなったんだぁぁぁぁっ!!!!」
時は、昼に遡る。
「ええっと……き、来たはいいけど、どうしよ……」
大都会、渋谷のスクランブル交差点。目まぐるしく移ろう人波をかき分け、カナデは憧れだった街にやってきた。とは言っても、最寄りまで電車で一時間足らず。徒歩を含めても殆どすぐにこれてしまう距離ではあるが。
「やば、全然後先考えないで来ちゃった……えと、どこから回ろ……やっぱ、コンビニ?あ、いや、カラオケとか、うーん、焼肉とか、あーとえーと」
もう駅を出て一時間はハチ公前広場をウロウロとしている。そもそも、カナデも来たくてこの街に来たわけじゃない。いつもゴロゴロと寝て過ごしている姿を、とうとう親は許さなくなったのだ。
【バイト先見つけるまで、ぜってえ帰って来んな】
スマホの通知画面にずっと映し出されている呪いの文面が、メンタル面に徐々に効いてくる。
「うっ……酷いよな……せっかくの日曜に、こんなの、あんまりだ……」
「てか、じ、自分一人で店入るって考えたら……なんなんだこの街!?怖すぎないか!!全然勇気出ないんだけど!?」
「格好とか急に場違いな感じしてきた……そうだ髪型も、あーこっちも跳ねてるような……やっぱもう帰りたくなってきた!!」
もう意気地なしと言われてもいいから、誰か助けて欲しい。誰か救いの手を差し伸べて欲しい。ウロウロしてる時点でもうビビり倒してるのバレバレだし、なんか笑われてる気までしてきた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
人前で大声を出す度胸もないため、かすれたような情けない声で、頭を抱えて嘆く。頼む、マジで誰かホントに自分を救ってくれ。
「……ねぇ、君、今一人?」
「ぁぁぁぁぁっ……へっ?」
えっ、嘘。本当に?
「はーよかったー、ちゃんと代わり見つかって。君、悪魔適性あるみたいだし、よかったらうちに来て働かない?」
「お、お姉さん誰……てか、今働くって!?」
「あ、やっぱり働くって響き良くないか……じゃあ、アルバイトって言ったらどうかな?これなら責任もあんま感じないでしょ?」
アルバイト、しかも責任要らず。ただ頭を抱えて歩き回っている間に、カナデは願ったり叶ったりの勝利を掴んでしまった。この神がかった提案をしてくれたのは、目の前に突如現れた女性。胸やスタイルが良く、若干カナデよりも背が高い年上様だった。
「アルバイト……ああ、そうですそうです!俺、まさにバイト先を探してて、でも、何から手をつければいいのか、そもそも何すればいいのか全然分かんなくて困ってて……」
「うっそ!?それなら、まさにピッタリじゃん!うちね、昨日の今日で所属する人員がごっそり減っちゃってさー?一人じゃ困るから、ピンチヒッターが欲しかったのよ」
「そ、そうなんですか……?」
「うんうん!もうさ、凄いんだよ?何が何だか知らないけど、急に辞めます辞めますって?流石に参っちゃうよ!」
「……ん、ん?」
辞めます辞めますって……この時点で何か嫌な予感がしたが、カナデに悠長してる暇はない。この機会を逃せば、カナデは今度こそ体育会系の集まりのような場所に、本気で行かなければならなくなってしまう。それだけは絶対に避けなくてはならない。
「私は望魔理恵(ノゾミ マリエ)。秘密組織アーバンエッセンシア、渋谷アーバンのエリアマネージャーを担当してるの」
「ええと、俺は……坂葉奏(サカバ カナデ)、高校生です!俺も今日中にバイト先見つけないと行けなかったんです!むしろこっちからお願いします!」
「おぉ!!すごい熱心君だねー、うんうん!いいじゃんいいじゃん!君さ、結構モテたりするんじゃない?」
「は、はぁ……?」
あまりにも下手すぎるお世辞はさておき、謎の女性マリエからの好感度も稼ぐことが出来た。これなら何の心配なくバイトとして入ることが出来るだろう。
「ふふっ、やっぱり、私の目に狂いはなかったわ!善は急げよ。その性格を評価して、君をこの渋谷アーバン第一アルバイト員に任命するっ!!」
「マジっすか……!!ありがとうございます!ええと」
「マリエ、よ。ノゾミ マリエ。もう、人の名前くらい、ちゃんと覚えなさいよね?」
「あっ……す、すいません……」
「ふん……ところで、名前なんだっけ?」
「カナデ、ですよ!サカバ カナデ!!ちょ、マリエさん!?」
——こうして、よく分からない経緯を辿ってカナデはマリエの言う、秘密組織アーバンエッセンシアにアルバイトとして勤務することとなった。何をするかもどんなとこかも分からない。とりあえず体育会系みたいなところじゃなければ……そんな甘い考えを募らせていたカナデだったが、
「あ、それじゃあさ、さっそく初任務、行こっか?」
「……へ?も、もうですか?」
「当たり前よ!……色々と鬱憤溜まってるのよ、思う存分、楽しませてもらうわ」
「ん?……ま、マリエ、さん?」
「ほら、バイト君。付いてきなさい」
「今夜は……っくっ、もう帰さないからぁ……」
「……うわっ!?」
「あっはっはっは〜、ビックリ、してやんの〜」
「そ、その手つきやめ……うははっ!く、くすぐった……気持ち悪いですよ!!」
「ふっふ〜ん、バイト君よ、この私の手から逃れられると思うな〜!!」
「ひっ、ひゃっはっ、はっはっ……もう最悪だぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
まさか、初めての仕事が飲んだくれの付き添いだったなんて。酷いセクハラも相まって、カナデは改めてこのダメダメ管理職、マリエの元に就いたことを後悔したのだった。
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