バイト君と、酒飲み悪魔。

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バイト君と、酒飲み悪魔。

「ねぇねぇ。どう思う、バイト君は〜?こんな夜の街に、年上のお姉さんと二人きり……結構なドラマチックじゃない?」 「そうっすね。早く帰りたい気持ちで山々ですよ」 「おいっ!も、もうちょっとなんかないの、バイト君?」 「いや、マジで……ガチで帰りたいです。もう、ホントに帰らせて……」 「あ、あぁと……そ、そんな拒絶されると、なんか悲しくなっちゃうわね……」  高校でも、特に友達が多いわけでもない。女子との会話もほとんどない中で、女性耐性も当然あまりなかったカナデ。だが彼ですらこの女性、マリエにときめくなんてことは一切なかった。  あまりにも……見るに堪えなさすぎる。 「だって……居酒屋出た後も、コンビニで酒漁って、今度は公園のベンチで飲み直し!?これ昼からずっとですよ!?どんな組織のマネージャーだし、てかいつ金くれるんですか!」 「えっ……か、金?」 「そうですよ!仕事すれば対価で金払うのは当たり前でしょ?さっきの居酒屋とコンビニでの代金だって、俺が前もって払ったんですから!!」 「あー、そっか……確か、お金は人にとって大事なものなのよね?」 「は、はぁ……?」  マリエの言う『秘密組織アーバンエッセンシア』がどのような職場なのかは、全く分からない。そもそも民間人のカナデに何のためらいもなく打ち明けた時点で、秘密かどうかも怪しい。今日一日、飲み仲間の代わりとして付き合わされたマリエに対する信頼はまるでない。  ある方がおかしい、もう完全にハメられたと思っていた。 「アンタ……ひょっとして、これまでも俺みたいに、色んな人を飲みに付き合わせてたり……なんなら、まさかお代まで……」 「辞めて行ったみんな……でも、いい人たちだったのよ?私が飲みたい時は、どんな予定の日でも駆けつけてくれたし、飲んで飲んでそのまま店を出て、むしろいなくなっちゃったことが不思議でね?」 ……もしかしなくとも、この女ってヤバいんじゃ? 「それって男ですか?」 「いや、男女合わせて四人」 「セクハラしました?」 「セク、ハ、ラ……よく分かんないけど、こちょこちょならしょっちゅうやってたよ。さっき君にもやった、私の必殺技のわしゃわしゃ〜!!みたいな?」  確信した。完全に自分はヤバい奴に乗っかってしまったのだと。不審者の類いに振り分けられてもおかしくないような社会不適合者に、まんまと着いていってしまったのだと。 「……あの、やっぱもういいです。金とか、そういうのもいいんで……っ」  もういい。金づるとしてハメられたと、認めたくない一心でしがみついていたが、そんなプライドは足早に捨てるべきだ。  諦めて早く逃げた方がいい。そう思ったカナデは、隣のマリエを置いてベンチから立ちあがろうとするが、 「うーん……みんなもそうだったけど、外の人間っていつもお金が欲しいって言うじゃん?そんなになくちゃダメなの?世間のことあんま知らないから、分かんないんだけどさ」  ふと、マリエが妙なことを言った。 「私と飲んでたみんなも、最初は楽しそうにしてたのに、集まるごとにテンション下がってってさ。今までのは営業スマイルみたいなもんだって、辞める時言ってたけど、何のことやらサッパリ?」 「……ん?」 「ねぇ、営業スマイルって、どういうことなの?人間にとって、飲むってただ楽しいわけじゃないの?」  どこか、会話が噛み合わないような……恐らく、金を貰う代わりに場を盛り上げていたからこそ、営業スマイルだと言ったのだろう。カナデに対する姿勢からも、マリエが金を払わなかったことが辞めた理由だと察せる。  ごく普通のことだが、どうやらマリエはそれが本当に分からないらしい。 「まあ、人に合わせることとか、そういうのはよくあるけど……」 「ふーん、でも分かるわけないか、私なんかに。社会のこと全然学ぼうとしないで、あそこにいた時もサボってたんだし」 「……その、社会のことって、どういうことですか?」 「え?だって私、ホモ・サピエンスじゃなくて悪魔だから」 「……へ?」 ……何を聞いたのだろうか。夢だろうか。今日一日、そもそも全部が夢だったのだろうか。だが、酔っている内にマリエに叩かれた背中は、未だに痛んでいる。 「あ、く、ま。いざって時に、このホモ・サピエンスが制する世界を守るために動いてるのよ」 「俺、悪い夢でも見てるのかな……」 「夢じゃないって!言ったでしょ?『秘密組織』って」 「俺みたいなチョロい奴への、釣り文句じゃなくて?」 「私は、至ってマジだけど?」  思えば、カナデは自分とマリエの会話が、所々噛み合わなかったことに改めて気づく。金だったりセクハラだったり、ただの非常識だと割り切っていたが、それが価値観の違いだとしたら。  これも人間、というかホモ・サピエンスじゃない……悪、魔、だからってことに? 「昔から、人間は私たちのことを散々に言ってるんだっけ。人間に危害をもたらす、異形の姿の怪物とか」 「……そう、ですね」 「ははっ、ないない。全然そんなんじゃないわよ。あくまで人間の中で分類される人種の一つ、ちょっとレアな血筋みたいなものよ。この世界には君たち一般人が知らないような、そんな不思議な人たちも生きてるってこと」 「……」 「全然分かってない感じ?」 「はい」 「やれやれ……おーい、バイト君〜?さっきまでの熱心で誠実な男ムーブは何処行ったの〜?」  もう、カナデは考えることをやめた。こんな十七年程度の人生経験なんか、世間では何も通用しないことが、今日一日で痛いほどよく分かった。一度出直そう、流石にもう自分には何も手を付けられない。  そう、思った時だった。 「ん?」  急に、これまで酔いが回っていたはずのマリエが、何かを察して立ち上がる。手に持っていた缶をベンチに置くと、そのままカナデ……を通り越して、公園の奥へと歩いていく。 「……ま、マリエさん?」 「うそでしょ……このエリアって比較的平和なはずなのに、なんで、なんでこんなとこにいるの!?」 「どうしたんですか……あの、もしもし?」 「ほ、本気で言ってる?私、まだ駆け出しマネージャーなのに!?業務だって戦闘経験だって、本当はまだ一度もないのに!」 「あのっ!!一人で何話してるんですか!?」  はっと、カナデの言葉で我に帰るマリエ。 「ば、ばばばバイト君!!君、バイトとして私の下で働くって、確かに言ってくれたよね!」 「うわっ!?た、確かに言いましたけど……でも、もう俺は——」 「じゃあ、合意だね!よし、手伝って!!」 「……いや、ちょ、話聞いて……って、何処連れてくんですか!?」 「『あの世からのお尋ね者』が、本当に来るだなんて……バイト君、準備して!!私と一緒に……この渋谷を奴らから防衛するの!!」 「は!?」 「さー、もたもたしない!!私一人じゃぜっっったい無理!渋谷アーバンとして、一緒にアイツらを倒すよ!!」 「アイツらって……ええっ!?う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」  夜の公園の奥側、突然腕を掴まれ、酔いを覚ましたマリエに連れられるカナデ。そこで、彼らが目にしたものは……
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