0人が本棚に入れています
本棚に追加
「初めまして。
これから、少しの間だけど、鋳造された10円同志、仲良くやっていこう」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします。
今期の10円銅貨、二億枚作られたって話、聞きました。
すごいですよね」
「そうかなぁ。毎年そんなもんだけどね。
俺達ってさぁ、上に、五十、百、五百円硬貨があり、下に五円、一円
が控えている。
先輩風吹かせようにも、百円あたりに
何、威張り腐ってんだよーとか言われそうで、結局、大人しく周りの出方
を見ているだけで終わっていくんだよね」
「それは言えますね。実際、コンビニ、スーパーで使用頻度が高いのは
10円、五円、一円なのに、その辺が評価されていないと言うか。
存在価値がないように扱われている」
「ところでさ、俺達10円の、最高の身の振り方って知ってるか?」
「いや、知りません」
「まず、一番は造幣局の製品開発室に収められる10円硬貨だ」
「ピンと来ません」
「想像力だよ。想像力。
いいか?あの開発室の鍵付きのケースに収められる一枚というのは
それこそ、二億分の一の確率で選ばれた奴なんだ。
あのケースの中で、働きもせず、手垢にもまみれず一生を終えられる。
最高だろ?」
「そうですね。
僕達、硬貨で最高のステータスと言えば、ある一定の箇所からどれだけ動かないでいられるかに、かかっていますから」
「二番目は、明治神宮とかの賽銭箱だ。
神社の規模は大きければ大きいほどいい。
賽銭箱に投げ入れられた10円は、ほぼ一年はあの中だ。
丈夫な木箱で、雨風からも守られる。
仲間も大勢いるから、年がら年中、くっちゃべってりゃいい」
「三番目は何ですか?」
「三番目はな。身持ちの堅い娘の貯金箱の中だ。
そうした娘たちは、物持ちもいい。だから、親から小さい頃に与えられた貯金箱を、家を出るまで使い続け、途中、中身を出したりしない。
大学を出て、親戚のコネでそこそこの会社に入った後も、家を出ず、月々
三万を家に入れる。
そして、器量もいいから25の誕生日を迎える前に、これまた親戚の紹介で
婚約者とめぐり逢い、ゴールインとなる」
「貯金箱はどうなりますか?」
「あせるなって。嫁ぐ日の前夜、娘は親の前で言うんだ。
お父さん、お母さん、今まで育ててくれて本当に有難うございました。
いよいよ明日、私はこの家から出て行く事になります。
とは言え、私は、これから先もずっと、二人の娘です。
嫁いだ後も、今までお世話になった分、恩返しをしていくつもり。
だから、気兼ねなく何でも申し付けて下さいね、と。
それで、貯金箱は、娘の部屋の片隅に置かれ、そのまま、誰にも気づかれる事なく、終焉を迎えるってわけさ」
「三番目、最高ですね」
「だろ?」
最初のコメントを投稿しよう!