10円の道

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「初めまして。 これから、少しの間だけど、鋳造された10円同志、仲良くやっていこう」 「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします。 今期の10円銅貨、二億枚作られたって話、聞きました。 すごいですよね」 「そうかなぁ。毎年そんなもんだけどね。 俺達ってさぁ、上に、五十、百、五百円硬貨があり、下に五円、一円 が控えている。 先輩風吹かせようにも、百円あたりに 何、威張り腐ってんだよーとか言われそうで、結局、大人しく周りの出方 を見ているだけで終わっていくんだよね」 「それは言えますね。実際、コンビニ、スーパーで使用頻度が高いのは 10円、五円、一円なのに、その辺が評価されていないと言うか。 存在価値がないように扱われている」 「ところでさ、俺達10円の、最高の身の振り方って知ってるか?」 「いや、知りません」 「まず、一番は造幣局の製品開発室に収められる10円硬貨だ」 「ピンと来ません」 「想像力だよ。想像力。 いいか?あの開発室の鍵付きのケースに収められる一枚というのは それこそ、二億分の一の確率で選ばれた奴なんだ。 あのケースの中で、働きもせず、手垢にもまみれず一生を終えられる。 最高だろ?」 「そうですね。 僕達、硬貨で最高のステータスと言えば、ある一定の箇所からどれだけ動かないでいられるかに、かかっていますから」 「二番目は、明治神宮とかの賽銭箱だ。 神社の規模は大きければ大きいほどいい。 賽銭箱に投げ入れられた10円は、ほぼ一年はあの中だ。 丈夫な木箱で、雨風からも守られる。 仲間も大勢いるから、年がら年中、くっちゃべってりゃいい」 「三番目は何ですか?」 「三番目はな。身持ちの堅い娘の貯金箱の中だ。 そうした娘たちは、物持ちもいい。だから、親から小さい頃に与えられた貯金箱を、家を出るまで使い続け、途中、中身を出したりしない。 大学を出て、親戚のコネでそこそこの会社に入った後も、家を出ず、月々 三万を家に入れる。 そして、器量もいいから25の誕生日を迎える前に、これまた親戚の紹介で 婚約者とめぐり逢い、ゴールインとなる」 「貯金箱はどうなりますか?」 「あせるなって。嫁ぐ日の前夜、娘は親の前で言うんだ。 お父さん、お母さん、今まで育ててくれて本当に有難うございました。 いよいよ明日、私はこの家から出て行く事になります。 とは言え、私は、これから先もずっと、二人の娘です。 嫁いだ後も、今までお世話になった分、恩返しをしていくつもり。 だから、気兼ねなく何でも申し付けて下さいね、と。 それで、貯金箱は、娘の部屋の片隅に置かれ、そのまま、誰にも気づかれる事なく、終焉を迎えるってわけさ」 「三番目、最高ですね」 「だろ?」
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