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4年前の病室での話しには続きがあった。
達也は自分にとっての大切な思い出として、浩二にその続きの話しをすることはなかった。
葬儀の日の病室での会話だった。
「達也、本当によかったの? みんなと一緒に葬儀に行かなくて、私はいいのに」
唯花は悲しげな表情でそう言った。
傍にいてくれる達也に申し訳なくて遠慮する気持ちが、達也には痛いくらいに伝わった。
「いいんだ、もう決めたことだから」
「達也はそう言っていつも私のそばにいてくれるね。
もっとやりたいことあるのに、私の事ばかり優先して……」
「ないよ、そんなの。病人の看病してるのが、一番落ち着く」
「そんなの、変だよ……変わってる」
「よく言われるよ」
達也は昔から自分で決めて、自分で行動する。何でもかんでも周りに合わせて行動するタイプではなかった。
だから自分で自分のことを”変わっている”と自覚していた。
自分の気持ちを口にするのが下手だったのもある。
伝わらないのだ、強い想いをもって行動していたとしても、その気持ちは相手には伝わらない、簡単にすり抜けていく。
この時もそうだった。
「やっぱり私、間違ってるよ……。
何で生きてるんだろう……何で私だけ助かっちゃったんだろう……どうやって、死んで行っちゃった人たちに顔向けしていいか、私、分からないよ、達也……」
こんな泣き言ばかり口にする唯花を達也は見たくなかった。
元気で明るい笑顔で手を引っ張ってくれて、明るくて楽しい世界に連れて行ってくれる、そんないつもの唯花に早く戻ってほしかった。
出会った日から、ずっと好きでたまらなかったのだ。
物静かで、正論しか言えない、つまらない自分。
医者の息子というレッテルを張られ続け、一番を勉強にして生きてきたつまらない人生を送ってきた自分。
そんな自分を、明るい世界に連れ出してくれた、眩しい笑顔を届けてくれた唯花。幼馴染としてこんなに長い間、仲良くし続けてくれた唯花を達也は心から愛していた。
「僕は唯花が生きているって知って嬉しかったよ。
唯花が日本に帰って来て、こうして一緒にいられて嬉しいよ。
だから、もう悲しいこと言わないで、いつもの唯花に戻ってほしいんだ。
誰も、唯花が生きていることを恨んだりなんかしないから。
ずっと笑っていてほしいんだ」
変わり果てた唯花の姿に心が耐えられなかったのだろう。
達也は内に秘めた感情の放流を止めることなく、唯花への気持ちを込めて素直な言葉を伝えた。
「達也は、本当に優しいね……私なんかのために優しい言葉を掛けてくれるんだ」
話しを聞いていた時の唯花は驚いた様子だったが、話しを聞いた後では優しい表情に戻って、悲観的な言葉を押し込められるようになった。
その日、長い時間を達也と唯花は二人で過ごした。
その中で唯花は一つの答えを見つけたようだった。
「達也、私ね、浩二にも達也にも言ってないことがあった。
これを言ったらもっと悲しくなるから、言えなかったの」
唯花は中学校で図書委員をしてるだけあって本を読み続けていて、達也は勉強一筋らしく参考書に目を通していて、そのせいで黙っていた時間は長かったが、唯花は数時間ぶりに達也に話しかけた。
「どうしたんだ?」
達也は唯花の方を向いた、視線が重なったところで唯花は言葉を続けた。
「もうダメかもって思った時だった。
周りは火災で火の粉が広がっていて、人の姿も見えなくなって逃げるのは容易じゃなかった。
身体は熱くて、擦りむいた膝は痛くって……一人になると怖くてたまらなかった。
でもね、二人が、浩二の両親が私を見つけてくれて、助け出してくれて、そして、逃げるように言ったの。
何から逃げるのか、全然分からなかったけど、二人はあっちが出口だよって言って指差して、私だけを逃がしてくれたの。
私は必死になって一緒に逃げましょう!って言ったけど、二人は聞いてくれなかった。
まだ助けないといけない人がいるから、一人で行きなさいって。
私は怖かった、でも、もう何ヶ所も怪我もしていて一緒に付いて行ける身体でもなかった。
だから、辛かったけど、一人で先に逃げるしか選択肢は残ってなかった。あの時はそれがより多くの人が生き延びる上で最善だった。
それでね、別れ際に二人から言われたの。
”私たちがもし日本に帰れなかったら、息子と娘をお願い”って。
”まだ、産まれたばかりの小さな真奈のことをよろしく”って。
その言葉を聞いて、心が張り裂けそうだった。
託された言葉にしては、あまりにも重い言葉だった。
でも、最後に言われたその言葉を受け止めて生きることが自分の使命だと思った。
だから、必死に生き残ろうって思って走ったの。
身体が熱いのも我慢して、身体が痛いのも我慢して、喉が渇いて辛いのも我慢して、必死に、懸命に力の限り走ったの。
でも、こんな重要なことを託されたのに、浩二の前では言えなかった。
私って、つくづく意気地なしだよね……。でもさ、今は本当に力になってあげたいって思うの。二人のために、この命に代えても、絶対に託された想いに応えようって思うの」
唯花の熱く決意の込められた言葉の一つ一つが、達也の記憶の中に大切な言葉として刻まれた。
浩二と真奈のために尽くす本当の理由。
そのすべてがこの唯花の言葉に込められていたのだった。
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