第三話「遥かな旅のはじまり」

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 教室を出た浩二は視線を感じ、顔を視線の感じた方へ向けた。そこには黒沢研二が廊下の壁にもたれ掛かったまま腕を組み、俯き加減で浩二の方を見ていた。 「唯花、先に下に行っててくれるか?」  浩二は話があると言いたげな態度の研二と話すために、唯花を下足で待ってもらうことにした。唯花がいることで余計な方向に話が進む可能性を浩二は嫌った。 「うん……あんまり遅くならないでね」  唯花も研二の様子が見えたので、ここは浩二に任せることにした。  以前にドラマの撮影で共演したことに関して言及される可能性を唯花は危惧した形だった。 「あぁ……すぐ行くから待っててくれ」  浩二が研二の方に近づいていくのを唯花は見送り、階段の方に向かって歩き出した。 「よぉ、相変わらず忙しいようだな」  研二に対しては一言いってやりたい気持ちもあった浩二は遠慮なく話しかけた。 「そうだね。日本にはリフレッシュのつもりで来たのに、こうも仕事を請け負うことになるとは、有名人は辛いものだよ」  浩二の牽制にも動じず、いつもの振る舞い方で壁に寄りかかったまま研二は事情を話し始めた。    説明した研二の話しをまとめると、ドラマの撮影自体の契約は随分前からしており、撮影開始の延期をクライアントと繰り返していた。  クライアント側はその状況に耐えられず、今回日本での撮影という形に脚本を書き換えて、撮影開始を強引にも依頼してきたという。  黒沢研二もそこまで執念を見せられると断るわけにはいかず、引き受けたということだった。 「それだけ相手の熱意も本物だったというわけだ。  俺がいいように相手を誘導したとも受け取れるが、実際はそういうわけではないことは言っておこう。  すまないね、君には苦労を掛ける。  どうか、この役を引き受けて、知枝を”成長させてやってくれ”  君にはそれが出来ると思っている、俺以上にね。  知枝は随分君に懐いているようだから、先日の事件以来」 「はぁ、そうかい。随分俺を買ってくれているようだな。  確かに、知枝はお前の相手をするのに苦労はしていたようだが、それは今更いいか。  しっかし、前々から思っていたが、未だに分からないもんだな、お前が日本にやってきた理由が」 「その疑問は飽き飽きするくらい尋ねられる。  真面目に回答するのも飽きるほどにね。  いいだろう、一つだけ真実を教えよう。君も知枝に近づいた以上、思うところはあるだろう。  俺は日本生まれのハーフでね、これは里帰りなんだよ。  日本人の母親は亡くなったが、生まれ育った地で学生の内に過ごしておきたいと思うのは自然な事なんだよ」 「知枝のようにか……」 「そういうことだ、君が原理主義者かどうかは疑問なところだが、そういう人間もいるということだよ」 「原理主義者?」 「そうだろう、舞台演劇の多くが原作を利用した二次創作だ、原作に忠実にというわけにはいかない。  それは君も十分わかっていることだろう」 「それはそうだが……」 「中にはいるということだよ、原作至上主義者ともいうべきか。  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのも」 (どうにも棘のある言い方だな、まさか唯花と俺への当て付けか……。  唯花が俺を……? ゴシックもいいところだろう、あいつも他の奴と同様に毒されているだけだ……)  浩二は唯花をこれ以上待たせてしまうのも悪いと思い、話しを切り上げてその場を離れた。
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