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研二との不思議な会話を終え、一階へと浩二が降りると、ベージュ色のブーツに履き替えてた唯花の姿が視線に入った。下足箱の前で合流した浩二と唯花は二人一緒に校門を抜け、帰路へと向かった。
普段なら一緒に帰るはずの達也が一緒ではなかったが、浩二は気にする様子を見せなかった。
もはや二人はこの後のライブのことで頭がいっぱいで、達也を仲間外れにしているという意識すら外側に置き去りになっていた。
「さっきはごめんなさい、黒沢君の相手、一人に任せちゃって」
「ん? 気にしてないけど、何かあったのか?」
浩二は日頃研二の話題になると唯花の表情が曇りがちになっていたので思い切って聞いた。浩二は普段の態度から唯花が研二を苦手としていたことに薄々気づいていたのだった。
「うん、黒沢君とドラマの撮影で共演することがあって、その時に正体バレちゃったんだよね。あの時は迂闊だったなって思う」
唯花はクラスメイトにアイドル活動をしていることを隠している。
厄介な相手に弱みを握られたと考えるのは無理なかった。
「そっか……あいつも有名人だから下手に手出ししないと思うが、一応覚えておくよ。達也にまで本当のことを秘密にするゲームを続けてることだしな」
芸能事務所でバーチャルアイドルをしていることは、既に真奈や舞の耳にも入っているだけに、秘密にし続けることは難しいと浩二は思っていた。
「そんな言い方しなくたっていいのに……」
唯花は軽く頬を膨らませ、不満げな表情を浮かべた。
「私にとっては大切なことなんだから」
理解されないだろうと思って浩二にも理由を話さないが、唯花にとっては浩二のことを一途でいるために、達也には秘密にしておかなければならない明確な理由があった。
「もう分かってるって、何度も言わなくたって。
秘密にしておくよ、唯花が直接話す日までは」
「うん、お願い……私だって罪悪感くらいはあるんだから」
罪悪感があるなら本当のことを話すべきではないかと浩二は思っているが、秘密にしておきたい唯花の心情を配慮して、これ以上の追及をやめた。
*
浩二の妹である真奈が家で待っている中、帰り道を歩く二人。
久しぶりにライブハウスで力一杯歌い切ろうと意気込む唯花。
一方、浩二は自分が急に演劇の舞台に立つことを先ほど決められてしまったことが気がかりで、知枝と共演することへの焦りや緊張と一緒に、先程のやり取りを不平に思う感情とが入り混じっていた。
「おにぃ、おねえちゃん、おかえりなのだ!」
浩二と唯花が帰宅して顔を見せると、二人の帰りを待っていた真奈は、上機嫌に両手を上げて出迎えた。浩二は出迎えてくれた真奈の頭を撫でながら玄関を上がった。
「それじゃあ、すぐ支度して行きましょう」
ふわりと伸びた髪を靡かせながら、柔らかな表情を浮かべた唯花の視線が浩二へと向けられる。
ずっと隣で見て来たはずのその表情から、優しくフローラルな香りが漂い、不意に清純さの中にある色気を浩二は感じてしまい、誤魔化すように頷いて視線を外すと、支度をするために自分の部屋へと向かった。
「きょうはマナの好きな曲も聞ける?」
ライブハウスまで一緒に出掛けることが出来ることを真奈は喜びながら唯花に聞いた。唯花の答えは決まっていた。
「もちろん! 真奈ちゃんも、きっと満足するわよ」
「ホント?! じゃあ、おにぃも喜んでくれるね」
真奈の無邪気で純粋な言葉と、自分の内心にある感情とのギャップに唯花は身体が震えそうになりながらも、グッと気持ちを抑えた。
唯花はちゃんと誠意をもって告白すると決めていた。
真奈を巻き込む形で告白することになるが、それも後から考えれば”正しいことだったと”受け止めてくれる時が来ると信じて。
だから、計画通りに理想の告白を進めるため、最後まで冷静さを失ってはならないと唯花は密かに考えていた。
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