第四話「届けたい想いを詩に乗せれば」

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 客席から真奈と浩二が見守る中、煌びやかな衣装に身を包んだバーチャルシンガー”minori”が照明に照らされたステージに現れ、豪快なクラッカー音と共に最初の楽曲が始まった。   「――君が望む、永遠は、誰にも渡せない未来だった。  いつまでも、恋をして、生きていくものだと思った――」  最初はminoriオリジナル楽曲の「私たちの生きる道」だった。  アップテンポのこのナンバーはノリが良く、青春を謳ったような明るい曲で、ライブの一曲目によく歌っていた楽曲だった。 「――定めのように過ぎる日々は、どれも奇跡のかけらだった。  ねぇ、まだ気付かないで、あなたを見ているその視線に――」  真奈は早速テンションが爆上がりした様子でペンライトを片手三本ずつ合計六本持ち、ジャンプをしたりして、大はしゃぎしてこの雰囲気を満喫しているのだった。  浩二もライブが始まると天井の低く狭いライブハウス特有の、ステージを近くに感じる臨場感に圧倒されてしまうが、真奈の喜ぶ姿を横目で見ると、一緒に楽しもうとペンライト片手に応援した。  そして、一曲目がミキサーをしてくれるスタッフにも見守られながら終わると、拍手が送られ唯花は最初の挨拶をした。  お馴染みの明るい調子で、冗談も交えながらライブを盛り上げようとする唯花。  それは、観客の数に関係なく明るく前向きに振る舞う、懐かしくも変わらない、いつものminoriの姿だった。  慣れた様子でステージに立ち、客席に向かって近い距離間で話しかけるようにライブを盛り上げる唯花の姿は、浩二にとってはお隣さんの幼馴染で、クラスメイトで、それなのにいつも会話をしている唯花とは思えない非日常を感じさせてくれる、不思議な新鮮さで溢れていた。  浩二は思う、こうして輝いている唯花のことを見ていると、これは天性の才であると。  それほどに、日常に蔓延るストレスを吹っ飛ばしてくれる魔力を、ステージに立つ唯花の歌声に感じるのだった。  明るいポップスから切ないバラードまで、次々と力強く透き通った声で歌い上げる唯花。  疲れを知らない調子でダンスも続けながらライブが進んでいき、そしてあっという間に最後の14曲目”プラチナウインド”に入った。  これは引退してしまったせいで披露することが出来なかった、幻のオリジナル曲だった。  この曲には歌詞をした唯花の想いがたくさん詰まっている。  ”告白”を題材にした、浩二への想いが込められた唯花にとって大切な曲。  しかし、急な引退が決まったことで公開するのにふさわしくない曲となってしまい、お蔵入りとなって披露されることはなくなった。  切ない恋心を歌ったこの曲を唯花は引退前にファンに向けて公開する気持ちにはなれなかった。だからこそ、幻の楽曲となってしまったのだ。 「今日は私のわがままに付き合っていただきありがとうございます。  私は歌うことが大好きで、聞いてくれる人がいることが嬉しくて、私の歌を好きだって言ってくれる人に凄く勇気づけられ、ここまでやって来れました。  ちょっとは成長を実感してくれてるよね?  ―――ありがとう。  これまで長い間、私を支えてくれた人達に、こうしてもう一度このminoriの姿で歌を届けられたこと、恩返しができたこと、本当に嬉しく思います。  いつまでも変わらない私でいることは難しいかもしれませんが、これからも私は私なりに天海聖華として精一杯頑張っていきます。    ここにいるみんなは、ずっとこれからも付いてきてくれるって信じてるから、応援よろしくお願いします。  最後に想いを込めて歌います。    それでは、どうか最後まで聞いてください――”プラチナウインド”」  浩二の方に一瞬視線を向けてその表情を確かめる唯花。  輝きのステージの上、スポットライトを浴び、控えめなライブ演出の中で想いを込めた最後の歌を唯花は歌う。    この曲が終われば、”本気の告白”をするというサプライズを胸に秘めながら。 8fe53796-b1f8-4a8e-b2c1-c350fa14cebb
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