第四話「届けたい想いを詩に乗せれば」

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 今日、このライブ中に見せる唯花の笑顔は、誰にも悟られることはないがいつもの人前で見せる笑顔とは違っていた。  それは浩二とその妹の真奈のために見せる、純粋かつ欲求のままに生まれ落ちた笑顔だった。  ”プラチナウインド”  浩二への想いを詩という形で包み隠しながら、唯花はマイクを握り、心を込めて精一杯に歌唱した。    そして、最後の大サビへと向かう前の最後の間奏。  滴る汗を気にする余裕もなく最大級に感情が高ぶっていた。   迫りくる告白の瞬間、沸き上がる想いはこれまで一緒に過ごしてきた時を集約させた、特別な愛情でいっぱいだった。  それが真実であるから、間奏が終わる直前、大きく息を吸い込んだ唯花の真っ直ぐな想いの力は、想像以上に大きいものだった。  浩二は力いっぱい歌う真っ直ぐな唯花を見つめ、この懐かしくも新鮮なライブを、最後まで見届けられる幸せを満喫していた。  こんなに歌が上手で、優しくいつも自分たちを見守ってくれる幼馴染がいてくれる、それは何よりも心強く、自分たちの心の支えになっているから。  ―――だが、異変は唐突に前触れもなく訪れた。  曲ごとにさまざまな色彩を彩る照明。光輝くステージの上に立つ唯花を見つめながら、浩二は横目に体勢を崩しながらゆっくりと転げ落ちていく真奈の姿がスローモーションで見えた。  浩二の視線が反射的に真奈の方に向けられていく。その瞬間、浩二の耳に入るはずのライブの音が掻き消された。  元気よく笑っていたはずの愛しき真奈が……一番大切にしなければならない存在が目の前で突然倒れる。その手に掴んでいたペンライトがすり抜けるように床にカランカランと音を立てながら転がっていった。 「真奈っっ!!!!!」  歌の最中(さなか)にも関わらず、浩二の口からたまらず大きな叫び声が木霊した。  何が起きたのか分からぬまま、浩二は突然倒れた真奈へすぐさま駆け寄って、肩を掴んで顔色を覗き込んだ。  真奈は身体を震わせながら苦悶の表情を浮かべていた。  突然の体調不良、原因も症状もまるで分からないが、浩二はその苦し気な表情を見過ごすことが出来るはずがなかった。  歌に集中していた唯花だったが、浩二の声が聞こえ、視線の中に真奈の倒れている姿を目の当たりにすると、慌てて歌唱を中断した。 「”音楽止めてっ!!!!!”」  反射的に一瞬で現状を判断して音響スタッフに向けて指示を出した唯花。  指示通りに音楽が止まり、高鳴る心臓の鼓動そのままに気が動転しそうになるのを堪え、唯花は事態を重く見て急いで真奈のところに駆け寄っていった。  呼吸が異常に荒くなっている真奈は、玉のような汗を掻いていて見るからに苦しみを訴えていた。 「大丈夫か、真奈っっ!!」  突然に発作を起こしたような妹の真奈を心配する兄の浩二だったが、真奈は自分の身に起きている症状を言葉にするのも難しい状況だった。 「真奈ちゃん……どうしたのっ?!」  ライブ衣装の唯花が舞台裏から顔を出し、真奈の横に来た時には、すでに何事かと騒ぎになってスタッフも続々と駆け寄ってきていた。 「うううぅぅぅっ!! あああぁぁぁああ!! イヤぁぁぁ!! く、くるしぃよっっ!!!」  胸を抑えながら身体を丸くして苦しみに耐える真奈の悲痛な姿が唯花にも映った。  血の気が引いていくような恐怖を唯花は覚えた。 「真奈っ!! どうしたんだ?! どこが痛いんだ?」  浩二はすでに気が動転していて冷静ではなかった。 「どうしたんです?」  音響を担当していたスタッフが唯花に聞いた。 「ごめんなさい、すぐに救急車を手配してくれる?」 「いいですが……持病でもあるんですか、この子」  うずくまったまま、苦しそうな表情で悲痛な声を上げ続ける真奈の姿に、スタッフも心配そうに見つめる。 「それは……いいわ。私が電話するから」  真奈のことで周りが見えない浩二の代わりに唯花は、非常事態であることを察して自分を落ち着かせようと自ら救急車を呼ぶため、スタッフから端末を借りて迷うことなく通話を掛けた。  肩を揺すり、必死に真奈に声を掛け続ける浩二。真奈が苦しみを訴える原因はこの場の誰にも分からなかった。  心臓に悪い状況のまま、唯花は通話が繋がるのを待つ。真奈の身に何が起こっているのかは分からない。いち早く病院まで搬送するしか方法はなかった。  通話が繋がり救急車を手配するため、現状を説明する唯花。  真奈が突然倒れた衝撃はあまりに大きく、告白するつもりだったことすら頭から抜け落ちてしまっていた。  そして、事情を伝え、すぐに救急車が駆けつけてくれることになり、通話を終えた唯花は、ようやく全てが終わってしまった事を悟って、糸が切れたように力なく項垂れた。  ライブを再開することは、絶望的な状況となった。
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