第五話「絶望に枯れる花びら」

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第五話「絶望に枯れる花びら」

 救急車を手配した直後、唯花は全てが水の泡となってしまった事実に気付いた。  状況に対する対応は職業柄、無意識に出来てしまったが、それが終わった直後、身体から力が抜けて、呆然と立ち尽くして、真奈に懸命に声をかける浩二の声すら届かないほどだった。 (……何で、こんなことに)    浩二に限らず目の前にある光景は唯花にとってもまるで現実感のない光景だった。   (幸せな時間だったはずなのに、一瞬のうちに脆くも崩れ去ってしまった。あと少しだったのに……)  やがて救急車が到着し、唯花は我に返ったようにライブスタッフに謝罪した。    呆然としている間はなく、派手なステージ衣装が目立たないように上着だけを羽織り、そのまま着替える間もないまま、ストレッチャーに載せられ救急車まで運ばれる真奈を追って救急車に乗り込んだ。 「どうして真奈ばっかりこんな目に遭わなきゃならないんだっ……」  唯花の横にいる浩二はあまりの非情な事態に冷静になれず、真奈のそばを離れることなく悲痛に声を溢していた。 「落ち着いて……浩二、きっと大丈夫だから」  唯花は何の保障もなかったが、落ち込む浩二を立ち直らせようと言葉を掛けた。 「すまん、唯花……落ち着いてられないよ。今度はそばにいたのに、真奈の不調に気づいてやれなくて……。一体、俺は何やってるんだろうな……」  浩二は自分の不甲斐なさを悔いている様子だった。その言葉の根源にはつい数か月前に羽月と誕生日デートをしている最中に真奈が内藤医院に運び出され、入院した一件が絡んでいることは明白であった。 「それは、私だって同じだよ。真奈ちゃんを無理にはしゃぎさせ過ぎちゃったからかも。真奈ちゃんだってまだ子どもだから、自分でも体の不調に気付けなかったんだと思う」  唯花はこうして会話を交わすことで気を落ち着かせることが少しは出来る、そう思って思い付きで絞り出した言葉だったが、浩二を納得させるにはあまりに説得力の足りない言葉だった。  未だ眠ることも出来ず、苦悶の表情を浮かべ、言葉にならない苦しみを訴えかける真奈。  どうすることも出来ない浩二と唯花は、サイレンの鳴り続ける救急車の中で、自分の無力さを悔い続けるしかなかった。  内藤医院に緊急搬送された真奈は処置室までストレッチャーに載せられたまますぐさま運ばれていった。  時間の経過も時計を確認しなければ曖昧で分からないほど、気が落ち着かないまま、真奈の容体も分からず無情にも時だけが流れていった。  浩二と唯花は処置室の前に座り、言葉を交わすことなく心の奥底から真奈の無事を願った。
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