第五話「絶望に枯れる花びら」

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 一方、目を覚まさない真奈の様子を見ていた浩二の下へ思わぬ来客が訪れようとしていた。  唐突に病室の扉が開かれ、やって来たのは看護師ではなく、知枝だった。 「こちらにいましたか、浩二君、真奈ちゃんの容体を教えてください」  いつもの赤い大きなリボンを頭に付け、黒のワンピース姿で現れた知枝は早々に白いベッドで眠る真奈と疲弊した様子の浩二の姿を確認し、浩二に向けて話しかけた。 「知枝……どうして真奈が倒れていたことを知っているんだ?」  突然の知枝の来訪に驚いた浩二は最初に疑問に思ったことが口を付いて出ていた。 「今はそれに答えている時間はありません。真奈ちゃんを救うために協力してください」  知枝は前置きの説明をしている時間を使いたくはなかった。  間髪入れず真剣な表情で言い放つ知枝の姿に圧倒された浩二は知枝の小顔を見ながら頷いた。 「分かった。病室に移されてからずっと意識が戻らないんだ、原因も分からなくて」  事情を説明するが、内容に乏しく、知枝はそれだけで十分とばかりに真奈の眠るベッドに座った。 「それでは、ここは私に任せて、私がいいと言うまで外で待っていてもらえますか?」 「何を突然……真奈をどうするつもりなんだ?」  いきなりやって来て、病室の外で待っていてくれと、真奈と二人きりにさせて欲しいと指示する知枝に浩二は驚いた。 「私を信じてください。きっと、目を覚ましますから」  普通なら”そんなことできるはずがない”と一喝してしまうところだろう。  しかし、威圧するように圧倒的なまでに力強い視線を送られた浩二は思わず身じろいだ。 「任せてしまっていいのか?」 「はい、浩二君がいては気が散りますので、どうか一人にさせて頂きますようお願いします」  知枝は”魔法使い”、そう言葉では聞いていても、浩二にとって今まで現実感はなかった。  知枝が自称魔法使いで真奈に教えていたのは手品のようなもの、そう考えることだって出来た、むしろそれが一般常識からすれば自然な認識のはずだったのだ。  しかし、合同演劇発表会の日に見た、常識を逸脱した異常な事態。  身体が縛られ、動けないはずの知枝だったが、浩二たちが到着した時には誘拐犯たちは気絶させられ、それは知枝が話すには超常的な力によるものだという。  それにあの緊迫した場面で、拳銃を手にした知枝の手馴れと分かる、堂々した立ち振る舞いは常人の持つものとは明らかに違っていた。  だから、何か医者では出来ない、知枝にしかわからない方法で真奈を救おうとしているということを浩二は信じざるおえないのだった。 「うん……わかった。何かあったら、すぐに呼んでくれ」 「はい、もちろんです。浩二君もあまり無理なさらずに。病室の外で待っていなくても連絡は出来ますので」  突然現れた救世主のような知枝の自信に満ちた言葉で自然と惹かれてしまう浩二は、この場を知枝に任せて病室を後にするのだった。 *  知枝はテレパシーで真奈の心の声をずっと聞いていた。  それは真奈が徐々に魔法使いとしての素質を引き出し始めたからこそ、たとえ遠く距離が離れていても聞こえて来た声だった。  真奈は強い意志で知枝に対して”助けて”とテレパシーを送った。  そのおかげで普段、離れている時では聞こえるはずのない声を知枝は聞き取ることが出来た。    知枝は真奈の異変を察して、すぐさま居場所を特定して、病院までやってきたのだった。    知枝は真奈の枕元に座り、手をかざし、真奈を救うために身体の内側にある魔法使いの力を引き出した。  そして、真奈自身を今、苦しめている魔力許容量以上に溜まりに溜まってしまった魔力の吸収を開始した。  真奈の器の許容量を超えた魔力は凄まじく、知枝にとっても経験のないほど規格外で、魔力を転送し、自身の体内に移し替えるのは相当に骨の折れる作業だと理解していた。 「―———真奈ちゃん、今、助けるからっっ!!」  気合を入れるべく精神を集中し、手のひらに意識を高めて魔力転移を開始する。 「くううぅうぅうぅぅぅ!!! 想像以上だけどっっ!!!!    真奈ちゃんを救うためだから、耐えて見せるっっ!!!!!!!!」  風圧まで感じるほどの膨大な魔力を、少しずつ慎重に転移させていく。  自分の身体でしっかり受け止めなければ魔力事故を引き起こしかねないと分かっている知枝は、始めてしまった以上、耐えるしかなかった。 ”まほうつかいのおねえちゃん、くるしいよ……ちえ、おねがい、マナをたすけて!! このくらいへやから、はやくだして!!”  ここに来るまでに聞いた真奈の助けを求める悲痛な叫びが今一度、知枝の耳に届いた気がした。  知枝は心の底から救い出したいと願う真奈の言葉にさらに勇気をもらい、真奈を救おうと歯を食いしばり苦悶に表情を浮かべながらも、必死に強烈な魔力の流れに耐え続ける。  激しい電流を帯びたような光が病室内に放たれる中、知枝は中断することなく魔力の吸収を続ける。  いつ解放されるかもわからず、身体が痺れて崩れ去ってしまいそうになりながら、意識が途切れないよう集中を続け、果てしない時間を知枝は堪えた。
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