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知枝が苦笑を浮かべながら、疲れで思考が麻痺する中、面会を終えて帰ろうとする唯花の姿が見えた。
「浩二は、もうちょっと真奈ちゃんのそばにいるって」
視線が合ったところで唯花は知枝に伝えた。
それでも、30分程は経過していた。
唯花は真奈が食事を摂り、再び布団に入ったところで帰る決心がついたのだった。
知枝は思ったよりもずっと時間の流れる速度が速く感じた。帰るときはエレベーターを使用するだろうから、ここで待っていれば帰ろうとする唯花と遭遇するであろうことを知枝は分かっていた。
まずは唯花の方から話しかけてくれたことで話す機会が得られたので、知枝は心の中で感謝して返答を考えた。
(……そっか、唯花さんは本気だったのかもしれない、私は自分の中の恋心に気付かないフリをしているけど)
知枝は疲れの色はあるものの、上着の下に煌びやかなライブ衣装を着ている唯花を見て察した。
なかなか見慣れないライブ衣装が似合い、とてもスタイルも良くて、綺麗だった。疲れた様子をしているのは勿体ないけど、それでも魅力的な女性であることに変わりはなかった。
(……こんなこと考えたくないけど、唯花さんに好きでいてもらえる男性は、本当に恵まれてるよね)
心の中で抱く理想的な恋人像。
そこにピッタリとあてはまる、知枝にとって唯花はそんな女性に映った。
「唯花さんに伝えなければならないことがあります、少しだけ、帰る前に聞いてくれますか?」
これから目の前にいる女性に傷つけるようなことを言う、その覚悟を決めて立ち上がって、表情を真剣モードに切り替えて知枝は質問した。
視線が合わさり、空気が一気に重くなるのを唯花は感じて表情を強張らせた。
「どうしたの? 疲れてる様子だったから、すぐに帰ってると思ったのに」
特別仲が良いわけでもなく、悪いわけでもない、そんな二人は今は浩二を取り合う恋敵だった。
お互いそれを相手に悟られないように振舞っていても、潜在的な警戒心が働いて、距離感のようなものは自然と作ってしまうのだった。
「唯花さんを待っていたんです、真奈ちゃんが倒れた原因について話さなければならないと思って」
「そうなの、それでわざわざ待ってたんだ……。確かに知っていることがあるなら早く知りたいと思ってたけど、どうして私一人に教えようとしてるの?」
探り探りな言葉で唯花は質問をした。
一秒一秒毎に、ピリピリとした緊迫感を両者とも感じていた。
もうすでに嫌な予感を、悪寒までしてきそうなほどに唯花は実感した。
「浩二君や内藤君にも後で話すつもりですが、関係しているのは唯花さんなので、出来ればここで話して、穏便に済ませたいんです」
「私が? どうして?」
唯花の感情が昂っているのが知枝にも伝わり、この後に伝える言葉を躊躇いたくなるが、もう逃げられない所まできていると知枝は悟った。
息が詰まるような状況化で、知枝は話し始めた。
「真奈ちゃんは、近しい人の愛の深さに感応して魔力を増大させるのです。
”想いの力”と言ってもいいでしょう。
魔力が増大し、真奈ちゃんの魔力許容量である器から溢れれば溢れるほど、真奈ちゃんは溢れた魔力によって自分を傷つけてしまうのです」
もしも、真奈が身体の外に対して魔力を放出しようものなら、魔力事故を引き起こし、予想も付かない大災害を引き起こすことになる。
真奈は本能的に、周りの人を傷つけないように懸命にそれを我慢して、自分の中に魔力を閉じ込めようとしてしまう。
だから昏睡状態にまで陥り、それでもなお、苦しみ続けてしまうのだった。
「唯花さん、あなたの想いの力に真奈ちゃんは感応して苦しんでいたんです」
「そんな話をどうやって信じろっていうの?
真奈ちゃんを救ってくれたことは感謝してるし、何か特別な治療を真奈ちゃんにしてくれたことは信じてもいいけど。私の想いの力が真奈ちゃんを苦しめているだなんて話し、どうやって信用すればいいっていうの?
ちょっと、話が飛躍しすぎなんじゃないかしら」
妄想癖のある人が言いそうな言動、納得のいく説明に聞こえずそんな風に知枝が見えてしまうのは、話の内容からして唯花であってもどうしようもなかった。
だが、知枝もここまでの展開は読めていた、だからこそ考えを巡らせて納得してもらう方法を考えていたのだった。
「唯花さん、真奈ちゃんの体調不良はこれが初めてではないんじゃないですか?
前にもこんな事があったんじゃないですか?
それも、唯花さんが一緒にいるときに」
知枝は切り札を惜しみなく切った。
「それは、ただの風邪で倒れただけで……」
「見つけた時はそうだったかもしれませんが、病院に搬送しないといけないほど、治らなかったんじゃないんですか?」
「ちょっと待ってよ……本当に……私にそんな力があるって言うの?」
唯花は気付いてしまった。
思い出したのは真奈が前回風邪を引いて寝込んでいた時。その頃は浩二は羽月と付き合っていて、唯花が真奈の看病をしている時も二人は遊園地にデートに出掛けていたのだ。そして、今回の時と似ていて、その時も自分でも嫌なくらい”浩二のことを想っていた”ことを。
「心当たりがあるんですね……そういう事です。
だから、真奈ちゃんとは距離を取った方がいいかと思います。
おそらく、同じようなことを繰り返してしまうので」
知枝は偶然にも見ることになった羽月と浩二の記憶が役に立った。
だから容易に前例があることに気付かせることができたのだ。
唯花には悪いと思いつつも、どうしても信じてもらわなければならないから、本意ではなくても利用するほかなかった。
「そんなっ……私が……私がそばにいるから真奈ちゃんが苦しんでいるっていうの?! ずっと一緒に……近くで暮らして、成長を見守って来たのに……」
「残念ですが、唯花さん以外にあれだけの魔力を供給させられる原因は見つからないので、信じてもらうしかないです」
追い打ちをかけるように言葉を告げる知枝、どんどんと唯花の表情が歪んだものに変わっていくのを、苦々しい気持ちで見つめるしかなかった。
「やだっ……真奈ちゃんと一緒にいちゃダメなんて、そんな仕打ち、考えたくないよっ!!!」
言いたくもない言葉を声にしながら、唯花は居たたまれずにエレベーターを使うことなく、非常用階段を使って、知枝の前から走り去っていった。
走り去る唯花の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちているのが、残酷のことを伝えた知枝の視界にも映っていた。
「唯花さん、ごめんなさい、私にはどうすることも出来ないです……」
絶望の淵へと追いやることしか出来なかったことを、知枝は悔いながら、唯花がいなくなってしまって静かになった待合スペースで力なく項垂れた。
内藤医院から飛び出し、耐えきれない感情の渦の中に追い込まれ、無我夢中で走り去っていく唯花。
そんなことになっているとは全く知らない病室にいる浩二と達也。
走り去っていく唯花の姿が真奈のいる病室の窓から映る中、病室に置かれた花瓶に活けられていた花は、誰も気づかぬままに生気を失い枯れ果てていた。
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