第六話「天に昇っていけたら」

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第六話「天に昇っていけたら」

 いつ真奈を連れて家に帰ることが出来るか心配していたがお昼過ぎには真奈は退院できることになった。知枝の不思議な力のおかげで目を覚ますことができたと考えていいのかは分からなかったが、とりあえず元気になった真奈の姿を見て俺は安心した。  前回、入院した時と同様に貧血という診断に担当医からはしてもらったこともあり、簡単な検査のみで退院まですんなりと通り、俺は真奈と共に内藤医院を後にして家路に着いた。真奈の手を引いて心配するようなこともなく家まで帰って来れたので、ライブで疲れていた唯花を先に帰したのは正解だった。  俺もライブ衣装のまま病院に来ていた唯花の憔悴しきった姿をずっと見ていると心が痛んだ。 ”楽しい一日になるはずだったのに”、そう肩を落としながら呟いていた唯花の気持ちは俺にも痛いくらいに伝わっていた。  翌日、唯花は学園を休んだ。俺の記憶している限りでは凛翔学園に入学してから初めての事だった。    いつもはうちのチャイムを鳴らして笑顔で俺と真奈を迎えに来るオシャレな私服姿をした唯花の姿はなかった。  心配になって隣の永弥音家まで登校前に寄ってみたが、昨日から部屋を出てこないと唯花の両親から言われ、残された時間の少なかった俺は仕方なくそこで引き下がった。そして学校は休みたくないと声を大にして主張する真奈と通学することにした。  そして、事態が思わぬ方向に進んだのは放課後の事だった。  学校から帰宅してしばらく経った頃、まだ小学校指定の制服に身を包んだ真奈が慌てた様子でリビングにやってきた。俺はタブレット端末とテレビを同時に観ていたところだった。 「”おねえちゃんをたすけて!!” おにぃ、今助けにいかないと取り返しのつかないことになる」  小さい身体ながら俺の腕を両手で掴んで大きな声で訴えかける真奈、いつもの天真爛漫な真奈とはまるで雰囲気の違う真剣な態度に俺は戸惑った。 「ちょっと待て、落ち着け真奈」 「ダメなのっ! 時間がないの……ホントにおねえちゃんがあぶないのっっ!」 「突然そんなこと言われたって……唯花は部屋から出てないって……唯花と会ったのか? 何か連絡があったのか?」  俺は真奈を落ち着かせて、状況を確認しようと言葉を掛けた。  もし唯花に何かが起きているのなら……反射的に怖い想像をしてしまうと、俺も真奈と同様に心が落ち着かなくなりそうだった。  俺の問いに真奈は首を振った。だが、俺の問いに対しては否定しても、とても穏やかな状況ではないと真奈の態度が示していた。 「おにぃ、そうじゃないの……マナには聞こえるの、おねえちゃんの声が。ちえおねえちゃんと同じ。  おねえちゃん、今とってもむねがくるしくて、つらくて、こころぼそくて、傷ついてるココロが見えるの。  早くおねえちゃんをつかまえないととりかえしのつかないことになる。    マナ、おねえちゃんがいなくなったらやだよっっ!!    だから、おにぃ、早くつかまえて、そばにいてあげて」  真奈は冷静ではなかったが、病み上がりの身体で必死に自分の中にある気持ちを訴えかけて来た。真奈はこんなに普通に話せるのかと驚かされたが、この真剣な眼差しを無視することは出来ないと感じ取った。  テレパシー能力と飛躍した思考をしなくても、生体ネットワークで繋がっていると、親しい相手であればテレパシーと同等に意識を共有することはある。  俺は唯花とそこまで意識を共有したことはないが、もしかしたら真奈の感じやすい神経が、唯花の意識を捉えているのかもしれない。  もちろん、唯花の後悔に包まれた表情を昨日見てしまったから、真奈が勝手な妄想を作り上げて、耐えられなくなっているだけという可能性もあるが……もしも、この真奈の心配を無視して後で後悔することになったら……そんな嫌な想像が頭をよぎった。 「真奈、唯花のいる場所が分かるか?」  真奈の心配も唯花の顔を一目確認できれば杞憂(きゆう)となるかもしれない、そう思い俺は唯花を探すことに決めた。 「えっとね……高いところ……高いところにいるよ、おねえちゃん」  頭上を見上げながら、真奈は言った。  唯花に直接メッセージを送らず、さりげなく会おうとした俺だったが、真奈から与えられた唯花の現在地のヒントはなんとも心許(こころもと)ないものだった。 「そうか……それ以外、手掛かりはないのか……?」  目を閉じて祈りのポーズで唯花の気配を探る真奈にさらなるヒントを俺は求めた。 「うーん……コネクトが遠くなっちゃってるから見えづらいけど……きょりはあんまりはなれてない思うの……それと……かなあみとお空が見えるよ」  金網と空が見える場所、おそらくどこかの屋上だろうと真奈の言葉から俺は察した。 「分かった、探してくるよ」  俺は決心をして玄関に向かって歩き出した。 「うん、マナはおねえちゃんに会えないから。  おねえちゃんを救えるのは、おにぃだけだよ」  寂しそうにそう言って俺に全てを任せようとする真奈。その会えないという言葉の意味は分からなかったが、俺は退院したばかりで病み上がりの真奈のためにも、急いで唯花の無事を確認するため、捜索を開始した。
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