第一話「あなたへの募る想い」

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 彼の姿を目の前にして途端に信じられないくらいキュンと胸が高鳴る。  不思議だった、もう浩二と過ごす時間に慣れきって、乾いた感性しか持ち合わせていないかと思ったのに、こんなにドキドキさせられてしまうなんて……。ああ、私はまだこんなにも恋愛馬鹿なんだと思い知った。 「ちょっとね、ご両親に挨拶を。真奈ちゃんも大きく成長したから」  私は浩二の問いに返答した。  今日、こうして会うことは不確定要素だったけど、それでも、返答するのは難しくなかった。 「そうか、明日から中間試験なのに眠れないのか?」 「あぁ、そうかも。昼間は随分騒いじゃったから」 「ほとんど騒いでたのは(まい)だけどな」 「そうだね、舞ったら、本当に勉強嫌いなんだから」  昼間の話しをすると途端に二人とも明るくなって笑みがこぼれた、こればっかりは舞には感謝しないといけない、舞のおかげで和やかな雰囲気になれた。 「あいつも相変わらずだよな、唯花の言うことだけは真面目に聞くんだから」  アルバイトのし過ぎで留年した舞の勉強に付き合うことになった私たちは、二年生の舞を加えて一緒に中間試験の勉強を昼間にした。  もちろん舞は私たちが一年前にやったところを再度勉強しているわけだけど、それでも私たちが付いてあげないと明らかに舞はまた危ない橋を渡ることになりそうだった。  これ以上、留年を繰り返すのは舞自身も耐えられることではないようで、私が付きっきりで教えると、大人しく従って真面目に勉強してくれた。 「浩二も優しく言ってあげれば、聞いてくれると思うよ?」 「そうかな? あいつを見ると、つい言いたくなるんだよな、留年したのも自業自得だしさ」 「でも、舞はいつも頑張ってるから、不器用なだけって分かってあげなきゃ」 「あいつも今更俺に対して素直になるのは難しいだろうし、難しいところだな」 「プライドは……たしかにそこそこ高いと思うけどね。達也(たつや)や浩二の(ほどこ)しを受けないところを見ると」  実際、舞は恥ずかしがり屋なところがあるから、男相手から勉強を教わるというイベントを素直に受け入れられないのだ。そういう不器用で女の子らしいところが舞にはあるのだが、なかなか気づいてはもらえていないのが現状だ。 「それで、もう話しは済んだのか?」  浩二は私と話をしている内に眠気が薄らいだのか、もういつもの元気な声色に戻っていて、両親の写真が飾られた仏壇の方へ目をやる。私の答えは決まっていた。 「うん、ちゃんと伝えられたよ。みんな元気にやっていますって」 「そっか、ありがとな」  浩二が感謝の言葉を私に口にする、その言葉を聞いて胸が苦しくなる。  だって、感謝したいのは私の方だった。隣同士、二人と一緒に家族のように過ごせた日々は本当に幸せそのものだったから。 「私の方こそありがとう。浩二もちゃんと立派なお兄ちゃん出来てたよ」 「そうかな……唯花や唯花の両親に頼りっぱなしだった思い出しかねぇや」  私が正面から素直に褒めると、浩二は少し照れた仕草を見せながら言った。  まだ小さかった真奈ちゃんと家族二人になった浩二は最初の頃、絶望の淵にあった。  当たり前だ、両親を突然失ったんだから。  でも、浩二はその絶望から這い上がった、傍にいる真奈を育てあげる義務を果たすために。  まだ14歳だった彼が子育てをするのは生半端なことではなかったが、それでも彼は必死に心入れ替えて頑張った。年頃のやんちゃな部分は奥に潜めてしっかり者を演じられるようになった。    私の両親の助けも借りながら、勇気づける私と一緒に背負っていこうって頑張った。  懐かしくも鮮明に記憶が残っている日々、浩二のことをさらに好きになっていった日々。 「懐かしいって思えるようになったのは、それなりに成長かな」 「そうかもな……真奈も成長して段々と俺たちの手を離れていってる。子どもって思っていたよりずっと成長が早いんだよな」 「本当にね、その通りだよ。嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも全部、一緒だったから乗り越えられた」  私はしみじみとした気持ちになりながら言った。  こうして過去を振り返るような会話ができるのは、私の一番の特権かもしれないと思った。 「思い出に浸りたい気持ちもわかるけど、そろそろ寝た方がいいぞ? 明日からに響くだろ?」  明日から中間試験、三年生になった私たちにとって最初の試験日だ。  浩二がこう言いたい気持ちもよくわかるというものだが、私は寝る前に伝えなければならないことがあった。  さぁ、言ってしまおう、ここからは私の番だから。  もう逃げたりはしない、そのためにちゃんと伝えるんだ。  すっかり暖かい季節になったのに、寒気さえ感じるような心境だった。  意を決して私は、私の恋を始めるために言葉を紡ぐ。 「うん、そうなんだけど、一つだけ伝えておきたくて、いいかな?」    緊張で心臓がバクバクとする気持ちを必死に私は鎮める。  できる限り心穏やかに、精一杯心を落ち着かせて。 「どうしたんだ? そんな改まって」  浩二が不思議そうに私を見る、私の本当の気持ちには気づいてはいないんだろう。 「あのね、中間試験が終わったら真奈ちゃんを連れて一緒にライブハウスに行きましょ?  久しぶりに思いっきり歌いたくなっちゃって、いいでしょ?」  予習を繰り返した通りに、出来るだけ自然に今思い付いたような印象を与えるように私はさりげなく浩二を誘った。  次に二人きりなったときに誘うことを私は予め決めていた。  こういうことは直接伝えて、その場で反応も見たかった。 「いいけど、贅沢な話しだな……ライブハウスをカラオケ代わりに使うなんて」  返答がすぐに返ってきて私は安心した。  この誘い方だと浩二はまさかライブハウスで告白されるなんて思いもしていないだろうけど、浩二を誘うことには成功したようだった。  私は気が楽になって、表情が緩んだ。  浩二は相変わらず何も気づいていない調子で会話を続けているようだった。 「いいのよ、いつもお世話になってるところだからサービスしてくれるから。  それに、やっぱりライブ3Dじゃないと調子でないんだから」 「3Dモデリング使う気満々かよ」 「当然でしょ? 引退したってデータは消してないから、私達だけのプライベートの時くらい、使いたいじゃない」  バーチャルシンガーの頃のモデリングは今でもこっそりプライベートの時に使うことにしている。  せっかく自分が考えて依頼して入念に打ち合わせもして作った自分の身体だから愛着もあるし、捨てられるわけもなかった。  だから、今回ばかりは再登場してもらう、ちょっと前の、私のもう一つの姿に。 「それは唯花の勝手だけど……分かったよ、真奈と一緒に楽しみにしてる。  随分、今のアイドル活動でストレス溜まってるだろうしな」 「そういう言い方やめてよー。今だって忙しいけどやり甲斐持って楽しくやってるんだから」  私が我慢しきれずに笑うと浩二は苦笑して、私が学生ながらアイドル活動でしている苦労を察してしまったようだった。  それから、私たちはお互いもう眠ることにして私は永弥音(えみね)家に戻った。  やっと約束を取り付けることが出来て私は安心したのか身体の力が急に解けていった。  嬉しさのあまりお風呂に入って、パジャマに着替えベッドに入っても、ほとんど興奮して眠れない夜を、私はテスト勉強どころではないくらいの気持ちで枕をぎゅっと抱き締めながら過ごした。
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