降り立つ陽光

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降り立つ陽光

 ———為に生きなさい。  夢の中。朧げな空間で誰かにそう言われた。 「おぉ! 遂にやったぞ!」  嗄れた老人の叫び声が少女の目覚まし代わりだった。  少女は目を開けた。一面の白い空間。神殿だろうか。  目元を除く顔の全てを覆った真っ白い布の仮面に、これまた白い服を着た人たちがざわざわと遠巻きに少女を囲んでいた。 「何! 何で囲んでんの? 何で裸なの!?」  胸元に掛けられていた布で体を隠し、訝しげに辺りを見渡す。 「おはようございます勇者様。私達はキュリアス様に使える神官になります」  透き通った少女の声が神官の間から響く。他の神官より少しだけ華美な装飾の施された服を着た神官が一歩前へ出た。 「勇者? 何それ?」 「え、っと、勇者様は、勇者様ですね。何と言われますと、魔王を倒す正義の味方でしょうか?」  こてんと首を傾けて神官は言った。 「……魔王?」 「はい、私達のの世界は今、魔王とその僕達によって滅亡の危機に陥っているのです。そして、それを救うべくキュリアス様から送られる使い。それこそが勇者様となります」 「つまり、私が魔王とか魔物と戦うって事?」  魔物や魔王なんてファンタジー小説でしか聞いた事ない。 「簡潔に言うと、そうなりますね」 「無理無理無理無理! 私ただの女子高生! 魔物なんかと戦えないって」 「……すみません、女子高生とは何でしょうか」 「女子高生も知らないの? 女子高生ってのは……」  おかしい。あんなにもすっと口から出た言葉なのに、その意味を考えると、いや、その意味どころかここに来る前の記憶も、家族の名前や顔、いや、自分の名前すら何もかもが頭に靄がかかったみたいに思い出せない。 「今は召喚の影響で疲れてるでしょうし勇者様をそんな格好のままほったらかしに出来ませんので、一旦お部屋に案内致しますね」  途端に黙って頭を抱えた少女を心配して神官の少女に支えられて神殿を出た。神殿は大きな城に連接した施設で、渡り廊下からは大きな城が2人を見下ろしていた。 「そういえば貴女名前は?」  記憶が無いならいくら頭の中を整理しても無駄だ。と割り切った少女こと勇者は自分を支えていた少女に話しかけた。 「私ですか? そこらへんも諸々部屋で説明させて頂きますね」  2人が着いた部屋は、天蓋付きのベッドに全身が見れる大きな鏡にふわふわのカーペットが敷かれていた。  まるでお姫様の部屋みたいだ。 「ここが勇者様のお部屋になります」 「こんな綺麗な所。本当に良いの?」 「勿論です。では、詳しい説明……の前に着替えましょうか。服はそこの衣装室に有りますので、お好きなのに着替えて下さい」 「うん、分かった。ありがとう」  言われるがまま衣装室に入って数分、私は水色のワンピースを着て部屋に戻った。 「着替えたけど……?」  部屋に戻るとベッドには真っ白な髪に金色の瞳を輝かせたお嬢様が白いレース姿で勇者に優しく微笑んでいた。 「ど、どちら様ですか?」  そそくさと更衣室から顔だけ出して恐る恐る聞く。 「さっきからずっと一緒に居た神官ですよ」 「ちょっと綺麗過ぎない?」 「勇者様の方がお綺麗ですよ、ほら」  そう言って神官は姿見の前に勇者を立たせた。 「ちょ、目腐るからやめようよ」 「そんな事無いですよ、ほら鏡見て下さい」  勇者が恐る恐る鏡を見ると、そこには長い黒髪に、目をぎゅっと細めた清純そうな美人が立っていた。 「え、どちら様?」  冗談でも何でも無く、本当にそう思った。だって実際の私は……思い出せないけども、絶対こんな美人じゃない! 「ね、ドレスもお似合いですよ」 「あ、うん。確かに似合ってるかも」 「では、着替えも終わりましたし自己紹介しましょうか」  神官さんがベッドに座って隣をポンポンと叩く。そこに私は誘われるがまま座った。 「私の名前ははリキュア・ルマネです。勇者様のお世話係兼この国の第三王女になります」 「え!? お、王女様!?」 「そうですよ」  口に手を当て笑う。まさに王女足り得る貫禄だ。 「えっと、何でルマネさんはそんな立場なのにお世話係なんかに?」 「リキュアと呼び捨てになさって下さい勇者様。お世話は召喚した者が行うと決まってるのです」 「え、じゃあ……リキュアが私をここに呼んだの?」 「そうなりますね」 「そっか」  リキュアはそっと勇者の手に触れた。 「それで……良ければ勇者様のお名前も教えて頂いても宜しいですか?」 「ごめんね、名前覚えて無いんだよね。そもそもここに来るまでの記憶自体が朧気で」  サラッとしたボディタッチに少しドキッとしつつ勇者は答えた。 「そ、そうだったのですね、それはすみません」 「ううん、大丈夫だから。そんなにしゅんとしないで」 「そうですよね、1番不安なのは勇者様ですもんね、では! 気を取り直して」  リキュアはペチンと自分の真っ白な頬を叩き勇者へ向き直った。 「まずは勇者様のこれからする事についてお伝えしますね。明日は父上、じゃなくて国王様に謁見して、その後は魔王討伐の為の修行です。剣、魔法、教養を習得するものだと聞いてます」  剣に魔法! まさしくファンタジーの定番だ。謁見とか勉強はちょっと嫌だけど。 「私、謁見の仕方とか知らないよぉ?」 「修行前ですので国王様も多めに見てくれるかと。修行が終わったら、遂に魔王討伐の旅の始まりです! 旅では魔王の残したダンジョンを攻略しつつ出来れば他に3人程お仲間を作れると良いですね」 「そっかぁ、仲間を集めて冒険ね。ファンタジーの定番らしく分かりやすくて良いね」 「なので、今日はゆっくり休んで明日に備えましょう!」 「そうだね、リキュアと色々話もしたいし」 「え!? 勇者様が満足出来る面白い話が私に出来るでしょうか」  わたわたと慌てる様は容姿から私と同じくらいの歳なのは分かるのに、その仕草は非常に幼く可愛らしい。 「ふつーに話すだけで良いよ、それにやっぱ勇者様は何かくすぐったいな。そうだ! リキュアが私の名前付けてよ」 「え、私が勇者様のお名前を……」  リキュアはそこまで言うと、顎に手を当てて固まってしまった。 「……すみません。やっぱり、私には恐れ多いです。国王様に付けて頂くのはどうでしょう」 「んー私はリキュアが良いんだけどなぁ」 「勇者様! もう夜遅いので寝ましょう!」  そう言ってリキュアはベッドに座った。 「え……寝室もしかして、一緒なの?」 「はい! 勇者様が嫌でしたら床で寝ますが……」 「嫌じゃないよ! むしろ私が床で寝るよ」 「そんなの駄目です!」  リキュアはそう言って端へ端へ逃げようとする私をベッドに押し倒した。 「諦めて一緒に寝て下さいね」 「ちょ! リキュア!?」  リキュアからは返事がない、よっぽど疲れてたのか、それとも狸寝入りか、私に抱きついたまま寝息を立てていた。 「まぁ、リキュアがいいならいっか」  リキュアの綺麗でサラサラな髪をそっと撫で深い眠りに勇者は着いた。
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