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その三、叡智な本
うむっ。
二冊分、買うだけの財力も在ったがゆえの行動。
実を言えば、其れは、何でも良かった。この少女でなくても良かった。単に、ここを訪れ、まず、最初に目に付いて気になったからこそ、での、この子に過ぎない。だから手に取った。無論、其れはフェイク。少女を盾に神を覆い隠す為のデコイ。
少女の露わもない裸体を、かの神の上に重ねる。
男と女のアッハン物語、ペチョグチョ編の上に。
これで、女神にはバレない。何故ならば、是こそ賢者の策と言えるものだからだ。
人類史が始まり、幾百の同志が生まれ、死んでいった。その累々たる屍の上に形作られた歴史は二段重ねという策を生み出す。星が生まれて死ぬまでに創られた数多の策の中で、これほど実用的なものは今後も一切生まれないだろうと断言できる。
うむっ。大丈夫だ。これで間違いない。大丈夫。安心しろ、僕よ。
そうして、ほくそ笑みながらも判決へと向かう。
無事、レジに辿り着く。この瞬間、人生においての成功者となった。世の全てを手に入れ、自由と博愛さえも、尊き愛さえも手中に収めた気にもなる。美しき可憐な鈴蘭を思わせる可愛い女神に視線を移して親指を立てる。誇らしくも成し遂げたと。
朝、念入りに磨いた歯を星屑のよう煌めかせて。
彼女は何故だか嬉しそうに微笑み返してくれた。
およっ?
まあ、いい。些細な事は、この際、気にするな。
うむっ。
兎に角、
その笑みが、余計に気分を上気させた。僕は全てに勝利した漢なのだと、一人、涙を流す。静かに、さめざめと。そうして天を仰ぎ、我が人生に一片の悔い無しと。レジ係に、少女と重ね隠した神を、ゆっくりと手渡す。にこやかに受け取るレジ係。
終わった。任務は無事に完了した。そう思った。
と唐突。
まただ。
試練は、再び、僕の頭上へと降りてきて嘲笑う。
ぴっッ!
「はい。二冊ですね。愛とAI……」
レジ打ちのモブに過ぎない店員野郎がのたまう。
淡々とした声でだ。
ちょ、ちょ、ちょっと待て、待て。
この馬鹿野郎様。一体、何を言い出し始めるんだ。レジを打ちながら書籍名を読み上げるって嫌がらせか。嫌がらせなのか。いつもならタイトルなんて読み上げないだろうが。やっぱり嫌がらせなのか。ねぇ。ねぇ。東京湾に沈めんぞ、ダボがッ!
「……、男と女のアッハン物語。ペチョグチョ編」
言いやがったよ、こいつ。マジか。
何の臆面もなく恥ずかしすぎる題名を仕事ですとばかりに涼しい顔で読み上げやがった。何を考えているんだ。この瞬間、僕の人生は終わった。ブラックアウト。虚無感と空虚なる理論武装が音を立てて崩れ、溶けて出し、消え去ってしまう。
温かい陽光によって溶けてゆく雪だるまが持つ哀しさと侘しさだけを残して……。
ああ、そうさ。そうだ。その通り。
こうなったら開き直ってやる。学術書とは男女が夜に行う愛の営みを解き明かす為の問題集さ。一人、悲しく右手のお供になるそれさ。まあ、端的に言ってしまえば単なるエロ本だよ。エロ本。もういいだろうが。勘弁してくれ。それくらいで。
僕は膝から崩れ落ちた。また泣いた。もはや真っ白な灰になっちまったよと……。
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