190人が本棚に入れています
本棚に追加
5、スナオの想い
「スナオのやつ、スマホ故障したんですよ。それでメルアドとかの連絡帳が全部ダメになったらしくて。小畑さんの連絡先がもう分からないんだって言ってたんです。だから、同僚の城南さんに助けていただいたんですよ」
俺は二人にスナオくんとアドレス交換していることがとっくにバレていたのが恥ずかしくて、思わず目を伏せる。
城南はメニューを俺に渡しながら答える。
「助けたってほど大袈裟なことじゃないし…俺、チキンカツ定食ね。小畑は?」
慌ててメニューを見ると以前よりかなり種類が増えていた。もちろんオープン当時からあるチキン南蛮定食も健在だ。
「じゃチキン南蛮定食を」
「はい、かしこまりました。ああそうだ、チキン南蛮定食、メニュー考えるときにスナオが一番始めに決めたんです。恩人の好物だからって」
俺は思わず頭を上げた。するとシンジくんはそのまま厨房に戻り、あとにはニヤけている城南が残されていた。
スナオくんは俺を嫌ったから連絡しなかったのではなく、連絡できなかった。俺が来なくなって、元気がなくなるほどだったなんて。胸がじわじわして城南がいなければきっと泣いていた。
ごめん、スナオくん。そしてありがとう。俺は厨房に駆けつけて頭を下げたい気持ちでいっぱいだった。
しばらくして城南のチキンカツ定食と、チキン南蛮定食が運ばれてきて、テーブルに置かれた。それを運んできたのは、スナオくんだった。
「あ…」
俺は咄嗟に声が出ない。スナオくんは接客中にあるまじき膨れっ面をしている。
「小畑さん今日何時上がりですか」
「む、向こうに戻るから十六時くらいかな」
「お時間いただいていいですか。ここで待ってますから」
有無を言わさない雰囲気のスナオくん。俺は頷くしかなくて、俺らの様子を見ていた城南はさらに笑っていた。
久々のチキン南蛮定食は相変わらず卵いっぱいのタルタルソースとカラッとした衣で、口に入れると香ばしい。その味を堪能しつつも俺は完全に舞い上がっていた。
午後の仕事は散々でミスをいくつしたことか。そして何度腕時計の時間を確認したことか。
十六時半過ぎに【南町亭】について引き戸を開けた。がらんとした店内のカウンター席にスナオくんは座っていた。
「遅くなってごめん」
恐る恐る、隣に座るとスナオくんはチラッと俺を見る。
「…また逃げたのかと思った」
その顔は出会った頃のように無愛想な、いや怒っているような顔だ。
最初のコメントを投稿しよう!