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俺が凝視するものだから黒縁メガネくんが教えてくれた。
「彼も一緒にバイトしてるんです。なので僕らはいつも朝、買い出しをして店に行くんです」
その話を聞いて隣の城南は気がついたようで、黒縁メガネくんとスナオくんをキョロキョロと見る。そしてニヤリとして小声で『ネギの彼はあっちの子だな』と厨房の方を指差した。俺は咳払いをして城南から視線を背けた。
「わざわざお礼なんて」
「いえいえ、それにお二人は毎日来ていただいてるって聞いてます。そのお礼も込めて。お連れ様もよかったら」
と、城南には卵焼きが出された。
「うわ、いいの?棚ぼたじゃん!」
遠慮なく城南はその卵焼きを口に入れ、うまいと笑った。俺もせっかくなのでいただいたオムレツを口にする。今流行りのトロトロのオムレツではなく少し硬めの昔ながらのオムレツ。中は玉ねぎとミンチ肉を胡椒で炒めたものと思われるシンプルなものだ。でも何故だろうとても美味しい。城南の卵焼きも美味いようでパクパク食べている。
「よかった。その二つスナオが…奥のやつが作ったんです」
黒縁メガネくんの言葉に俺は驚いた。知らず知らずのうちに彼の手料理を食べていたなんて。城南は相変わらずニヤニヤしていた。
「今のうちに食べておいてくださいね」
「え?」
「多分近々張り紙するんですけど、ここ閉めるんです」
俺と城南の手はその言葉にピタリと止まった。
メガネくんに聞いた話だと、この定食屋【住田食堂】の大将であるオーナーと奥さんの加齢による体力の低下が主な原因だと言う。まだ余力はあるものの、三十年も続けてかたからもういいのではないかと。そして後継者もいない。
「そんな…」
「スナオがね、継いでくれたら良いんだけど」
「…?」
「大将の三男なんです。アイツだけ料理人なんですが継ぐ気はないようで」
俺がさらに質問しようとすると、奥から店員を呼ぶ声がしてメガネくんは頭を下げそちらの方へ行ってしまった。
「なんか、色々ありそうだなネギの彼」
城南の言葉に俺は頷いた。
その後、スナオくんを見たのは朝、何度かだけ。声をかけることもできない。そんな日々が数日続き俺もだんだんとスナオくんのことが気にならなくなっていった。そして二週間経った頃にある日、その日はノー残業デー。夕食をコンビニで買い、出た時、たまたま目の前にスナオくんがいた。
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