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2、定食屋【住田食堂】
久々のスナオくんだと思っていると目があってしまった。するとスナオくんから何と声をかけてきた。
「この前は卵、ありがとうございました」
初めて聞くスナオくんの声は意外と低い。シュッとしたイケメンが低音のイケボイスなんて、ずるくないか。
「まぐれで取れただけだし…こちらこそオムレツありがとう。美味しかったです」
オムレツのことを咄嗟に思い出し、礼を言うとスナオくんは少し照れたように頭を掻く。ああ、このまま少し話したいなあ…俺は瞬時にどうにか話を膨らませようと頭を働かせた。
「厨房入ってるってことは、将来飲食の道に進むんだ」
ほぼ初めてなのにこんなことを聞かれても、気持ち悪いだろうな、と思いつつもこんなことしか浮かばない。
「はい」
「…お友達に聞いたけど【住田食堂】は継がないの?」
「継ぎません。俺はあんな店嫌だから」
キッパリと断言するスナオくん。迷いがないのはいい事だけど、あの定食屋に通う客に対してそれはないんじゃないか。そしてあの小柄な体で一生懸命中華鍋を振る大将を思い出し、俺は少しカチンと来た。
「あんな店って…」
「サラリーマン相手の、腹を満たすだけの定食屋でしょ?スマホやら雑誌を片手に料理を頬張って、きっと味なんかわかってもらえてない。どんなに美味いもの作っても無駄だよ」
そこまで言って、スナオくんはハッと口を手で押さえた。俺が通っていることを思い出したのだろう。
「…すみません」
俺は小さくため息をつき、スナオくんを諭すように言う。
「君の作ったオムレツ美味しかったよ。…なあ、確かに君の目から見ればそうかもしれないけど俺らにとっては大切な定食屋だ。今日は何食おうかなって昼休憩入る前から考えてるし、日替わり定食がチキン南蛮だったら俺、万歳しそうになるよ」
スナオくんはじっと俺の顔を見ている。彼はきっと本当に料理が好きなのだろう。だからがっついて食べる客に不満があるのだ。もっと味わって欲しいと。
「午後も頑張れるのは、【住田食堂】のおかげだ。俺だけじゃない、一緒にきている同僚だって他の客だってそう思ってるはずだ。…あの大将は俺らサラリーマンの胃袋を掴んでるんだよ。じゃなかったら三十年も続かないさ」
しばらくしてスナオくんが何かを言おうと口を開いたとき、ちょうど俺の会社スマホが着信を知らせた。出てみるとどうしても会社に戻らないといけない案件が発生したようだ。電話を切るとまだ俺の前で立ちすくんでいるスナオくんの肩をポンと叩いた。
「あと少しだけど、また食べにいくよ、じゃ」
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