190人が本棚に入れています
本棚に追加
そして【住田食堂】最後の日。昼に店に向かった俺と城南はその人の多さに驚いた。いつもなら席は選びたい放題なのに、ほぼ満席で何とか空いている席を見つけ慌てて座った。
「なあなあ、あそこに座ってるの、田盛専務じゃん」
「何でここに?いま県外に出向中だろ…それにいつも愛妻弁当の佐々木くんもいるじゃん」
どうやら【住田食堂】が閉まることを聞きつけた元常連たちが駆けつけたらしい。男性だけではなく女性たちもいて『懐かしい』なんて声が聞こえてくる。料理が来るまで待っていると、レジでは女将さんがひっきりなしにお客さんと笑顔で話をしていた。
『寂しくなりますねぇ、いつも美味しいご飯ありがとうございました』
『新人の時、上司に連れられてきたんですよ!今や僕が上司ですけどね!』
『ミスしたときに食べに来たらスープおまけしていただいて、今でもあの味忘れられません』
涙ぐみながら握手をする人や、中には花束を持ってきている人もいる。
みんなこの【住田食堂】を愛していたんだな、と俺は目頭が熱くなり涙を堪えるのが必死だった。
ふいにスナオくんが気になり厨房を覗く。忙しそうにしている彼の横顔。こんなにこの店が客に慕われていたことを、どうか覚えていて欲しいと思う。君の隣に立つ、小さな大将の作る料理は俺らの活力の源だったってことを。
【住田食堂】が閉店したあとは、焼肉屋が開店した。だけどしばらくしてまた店が変わったがスイーツ屋だったり、居酒屋だったりで、昼ごはんを食べるような店は開店しない。昼飯難民になりつつもみんなそれぞれの店を開拓していった。
俺は弁当を作っていた時期もあったけれど、最近ではコンビニに行くことが多い。城南はもっぱら外で色んな店を巡っていた。
あれからスナオくんも黒縁メガネくんも朝見ることはなくなった。店がなくなったのだから、当然なのだけど。あんな不思議な縁はもう二度とないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!