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その日帰宅してからシャワーを浴び、ソファに座って俺はぼんやりとスナオくんのことを考えていた。前のスナオくんはどこか目がきつかったのに、今日の彼は幾分かそのきつさは消えていた。ほっそりしていた体つきも若干筋肉がついたのかなという感じで、三年の月日を感じさせた。まあ向こうから見たら、俺なんて老けたなーって思われてたんだろうな。昨日までスナオくんを忘れていたというのに、我ながら勝手なやつだな俺って。そんなことを思いながら、明日からあの店に通うことを決意した。
スナオくんたちの店【南町亭】は案の定、サラリーマンの間で好評になり、昼間はたまに満席になることも。初めは数種類の定食しかなかったメニューも少しずつ増えてきた。俺らが注文すると、毎回さりげなく一品おかずが追加されるようになった。メガネの彼、シンジくんが付け加えてくれているのだろうと思っていたがスナオからだよ、と聞き俺は嬉しくて口元が緩んだ。
そんな日々が続いたある土曜日。珍しく午前中に休日出勤となり、昼飯を【南町亭】で食べて帰ることにした。土曜日はお客は少ないようでさらに十四時前という時間だったから、お客は俺以外に二人しかいなくて食べ終える頃には貸切状態だった。
「私服姿珍しいですね」
職場は俺一人だったからラフな私服で行ったのだが、それが新鮮だったのか厨房から出てきたスナオくんに話しかけられた。
「うん、午後からは休みだし」
「なるほど。じゃあこのあと暇ですか?」
「まあ暇だけどね」
「じゃあよかったらお話していいです?いつもゆっくり話できなかったから」
突然のスナオくんの申し出に、驚きながらも頷く。断る理由なんてない。
暖簾を下げ、もう一人の店員が店を出る。シンジくんは今日は休みだったらしい。つまり、【南町亭】には俺とスナオくんの二人だけ。
コーヒーを淹れてくれてスナオくんはテーブルに置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ふんわりとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。熱いコーヒーを飲みながら、他愛のない話をスナオくんとした。
話によると【南町亭】を開店させた理由は、やはりあの愛された【住田食堂】の最後の日を見たからだという。そして何と俺の言葉にも影響を受けたのだという。
「サラリーマンの胃袋、俺もつかみたいなって思って。何で言えばいいか…ご馳走よりお袋のご飯みたいな、食堂。親父に早く言えって怒られたけど」
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