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そう言って笑うスナオくん。少し砕けてきた口調に俺も嬉しくなってきた。大将嬉しかっただろうなあ。
「だから【南町亭】ができたのは…あれ、俺名前聞いてないや」
「俺?」
「他に誰がいるの」
クックックと声を出して笑い始めたスナオくん。まさかスナオくんに名前を教えるほどの仲になるなんて。
「小畑だよ」
「ありがとう、小畑さんのおかげで【南町亭】はオープンできたんだ」
そう言われ、俺はまたジワっと目が潤んできた。
「ダメだな、歳取ったら涙もろくなって」
「小畑さんは三年前と全然変わってないよ。…そうだ、休日のお昼はどうしているの?」
「コンビニとか、たまに自炊かな。給料前とかさ」
どうしてそんなことを聞くのだろうと思いつつ答えると、スナオくんはズイッと顔を近づけた。
「じゃあ小畑さんのお昼、よかったら作ってあげようか?土曜日のこの時間ならいつも一人だから来れる日に来てよ。携帯番号教えて?」
思わぬ提案に驚いたが逃す手はない、と思い少し考えたふりをして答えた。
「お願いするわ。家、近いし…でもどうして」
「小畑さんの胃袋も掴んでみたいなって」
プロポーズかよ、と笑いながらも内心もう心臓がドキドキだった。
それから土曜日は【南町亭】に行くことになった。十四時くらいが誰もいなくなると聞いていたから、朝ごはんを少し遅めに食べ、午前中を過ごし、チャリで十五分走る。暖簾がない引き戸を開ければスナオくんが待っててくれる。忙しい時は賄い飯の時もあるけど、たいていは俺のために定食を作ってくれているようだ。数回か通ううちに、スナオくんも時間をあわせて二人で同じテーブルで昼食をとるようになっていた。
先週は青椒肉絲定食、今週はナポリタンとサラダ。メニューはお任せだし、当日にならないとわからないのでチャリで走っている時楽しみで仕方ない。ご飯を食べながら話をするのもまた楽しい。その中で知ったのだけど、スナオくんの名前の漢字はそのまま『素直』だった。社交的ではなかったスナオくんは、この名前が嫌で長いこと反発していたらしい。
「素直ないい子でいなさい、みたいな感じで嫌だったんだ」
「いい名前じゃん」
ナポリタンをくるくるとスプーンに巻き付け口にするとケチャップが多めで懐かしい味が広がる。
「素直になれないんだよね、名前嫌ってたから、呪いかな」
「ははっ面白い事言うね」
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