シュワシュワの冬

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ポンッ。瓶を開けると、泡が溢れ出てきた。 「そう。これこれ……」 私はニヤニヤ笑いながらこたつに潜り込んだ。 今にも零れそうな泡は、絶妙なバランスで瓶をつたっていく。 外に降り積もった雪と大差ない。 私はそのまま口をつけた。 ビールの雪は私の下に直接溶ける。舌の上で冬が始まった。 私はそのままさっき温め直したおでんを頬張った。 テレビをつけると、なかなか見たことのないお笑い芸人が何人か。 かなり人気のようなので私が知らないだけかも知れない。 私は更にこたつに潜ると大きな大根を口に詰め込む。 ジュワ、と溢れ出したスープは私の舌を今度は夏にさせた。 ドサッ。 なにかビニール袋が落ちた音がして私は振り返った。 「っ……!?友梨…。友梨なのっ!?」 私の後ろに立っていた人は私が覚えているよりも明らかに老けていた。 「お母さん。ただいま」 母は私のところへおそるおそる近づいてくる。 私はこたつから出ると手を広げた。 そしてそのまま抱きしめる。 「友梨……」 母の涙が私にこぼれた。 シュワシュワ……。 母の涙は私の体に触れるとビールの泡のように溶ける。 シュワシュワシュワシュワ……。 母を抱きしめた手が泡まみれになっている。 私の体はどんどんと泡になっていった。 分かっていた。だから家に帰ってきたというのに。 「な……!なんで!友梨…。母さんをおいていかないでっ」 母は私を強く抱きしめた。 私は涙を流したはずだけどそれは泡だらけの顔に落ちてわからなくなってしまった。 シュワシュワ…。 母を抱きしめた手はもう原型をとどめていない。 それでも意識はあるんだから皮肉なもんだ。 泡が内側まできたのが分かった。 母は泡だらけの服で泣き叫ぶ。 私は舌が泡になるのを感じ取ると早口に叫んだ。 「お母さんっ、10年間も家に帰ってこれなくてごめん。バブルウイルスに感染しちゃった。私って最後まで役に立てなかったね、ごめんね」 母が涙だらけの顔で首を横に降ったのが分かった。 口が動いているようだけど耳はもうすでに泡になってしまった。 私は眼球までシュワシュワとなっているのを感じ取ると、もうまぶたかもわからないものを閉じた。 シュワシュワ……。 もう何も聞こえないのにシュワシュワと泡になっているのだけがわかる。 一部分だけ温かいのは母の手だろうか。 だがその温かさは私の意識が飛ぶ寸前に消えた。 感じたのは私じゃない部分からシュワシュワとなっていること。 これはどこからなっているのか、もしかしたら……。 ーこの世界ではバブルウイルスという泡になるウイルスが蔓延していたー 完
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