怒れる人、許せない人にならないために

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怒れる人、許せない人にならないために

 SNS(特にX)を見ていると、毎日何かが燃えているような気がします。  その、顔も分からない「誰か」の声を気にして、誹謗中傷で自ら命を絶ってしまった方や、責任を感じて自死を選んでしまった方もいらっしゃいました。  話題になっている事を目にすると、人って何か言いたくなるものです。  Xをスマホで開くと、まず「おすすめ」タブが目に入り、皆が注目しているツイートが無造作に流れてきます。一方的に見せられます。  本当は見たくないのに、ついつい見てしまって時間が溶けます。  可愛い動物の写真、動画、面白い漫画、ほっこりする投稿ならまだいいです。  中には「○○許せない!」という投稿や、「今日あった嫌な事」を何個ものツリーをぶら下げて語っている投稿もあります。  興味を持ってしまうと、ついそれをタップしてツリーを追ってしまいます。私もそうで、気がついたらスマホでXを見ていると時間が溶けています。  PCでそうならないのは、拡張機能で「おすすめ」タブや不必要な部分を表示しないようにしているからです。  なので、うっかりスマホでXのアプリを開いてしまうと、そうなります。  そしてそれが、イーロン・マスクの狙いなのでしょうね。  投稿の質なんて問わない。良い投稿か、悪い投稿かなんてどうでもいいから、とにかく皆が注目してインプレッションを稼いで、アプリそのものが活発になればいい。  そのためなら、ユーザーがアプリに対して不満を抱いていようが、どうでもいい人なのです。ある意味、すべてのゲージをビジネスに割り切った考え方だと思います。  そんな中、少しでも炎上している記事を読んでしまうと、「おすすめ」タブがそれ一色になっていきます。  皆の怒りや不満が画面に溢れ、気がついたら読んでいるだけで精神が乱れ、一緒になって「わーっ!」となりそうな気持ちになります。  デジタルドラッグという言葉がありますが、「嫌なのに見続けてしまう」とか、「とにかくSNSを見ていなきゃ置いていかれる」と感じる気持ちなどが、良くないな……と思います。  昨今のAI学習の件については、自分に関わる事なので関係する投稿をRTしたりしていますが、あとになってから「あそこまで反応する必要はあったのかな」とも思ってしまいます。  いえ、大切な権利についての事なので、きちんとした情報を得る事は大切なのですが、次から次に流れてくる情報に左右され、右往左往して精神を乱している自分をあとから思うと、「落ち着け……」と言いたくなります。  仲良くしている先生はXをしていませんが、インスタのほうで見る限り、その関係の事に特に反応されたご様子はなく、いつものペースを保っています。  そうありたいな、といつも思っているのに、Xをやっているとつい「皆が騒いでいるから」でつられてしまう自分がいます。情けない。  だから、その先生には「Xやめたら?」と言われるのですよね(笑)。  本当に、私は特に他者に影響されやすく、皆が騒いでいると一緒になってビビってしまう性質をしています。  なので本当はXみたいな形のSNSは精神衛生上宜しくないんだろうな、というのは分かっています。  分かっていながら、なかなか辞められない中毒具合よ。  それでありながらも、なるべく炎上している事であっても、自分に直接関わりのない事は見てみぬふりをしようと心がけています。  確かに誰かが話題にしていると「何の話?」と思って調べてしまう事はあります。知らなくても生きていけるのにね(笑)。  そうして何が起こっているのか知ったあと、一言いうか言わないかで、炎上に加担するかどうかが決まるように感じられます。 「許せない」という感情って、誰にでもあると思います。  最も一般的なのは、ワイドショーを見たマダムたちが「芸能人の不倫を許せない」とか「政治家の不祥事に怒る」とかでしょうか。  通っているネイルサロンのネイリストさんも、「某女性芸能人の不倫事件の時は、普段温厚なマダムまでもが親の敵のように怒っているのを見て、『怖いな……』と感じました」と言っていました。  どうしてか、その女性芸能人に自分が害された訳ではないのに、怒ってしまうのですよね。  怒るのは、怒る権利がある人だけでいいのでは……と。  ワイドショーや週刊誌、ネットニュースなどを見ていると、注目を稼ぎたいがばかりに、タイトルだけで人を勘違いさせるような文章を書きます。  それで食いついた人が「タイトル詐欺だ」と言い、マスコミに対して新たな怒りを抱きます。  ある意味、怒りを連鎖させる事で得している立場の人が、一定数いるんだよな……という事は覚えておかないとならないと思います。  誰かを意図的に炎上させて、失脚させる事を望んでいる人もいますし、その傍らでまとめサイトなどを作り、自分のサイトの閲覧数を上げようとしている人もいます。  大体の人は自分の内からこみ上げる「正義」からもの申したくなるのでしょうけれど、自分に関わりのない事の場合、それはただの義憤である事も承知しておかないと、自他の境界線が分からなくなってしまうと思います。 「自他の境界線」でググると、発達障害に関するサイトなどが引っ掛かるのですが、自分には関係ないと思っていても、一読しておくとSNSで他人の事について怒り狂う人がいる事の理解に繋がるかもしれません。 「自分の考えは正しい」「自分の常識は他者にも通用するものだ」  そういう考えを持っていると、他者に自分の正義を押しつけ、他者にとっての当たり前も許せなくなる時があります。  炎上する時って、一般的に考えてアウトだろうとされるものを超えてしまった場合だと思うので、大体の人は「そりゃいかんわ」と思うかもしれませんが、中には「何が問題なの?」と思う人もいるかと思います。  なので、そういう他者の感情の波に呑まれず、自分なりの価値観、考え方をしっかり芯に持っておくのは大事かな、と。  これが政治家とかなら、自分が納税した税金が……とか怒る権利があるのは分かるのですが。  私はそもそも、芸能人の不祥事系を見ても「自分には関係ない」を貫くタイプで、そうやってバッシングされた事で仕事に復帰できず、人生を失った方を逆に気の毒にな……と思ってしまいます。  確かにきっかけとなる出来事を作ったのは確かでしょうけれど、人間生きていれば何かしらの過ちは犯します。それを、人より少し目立っている人だから、ひたすらに叩いていいのか……、と疑問になります。  間違えていれば攻撃してもいいのか。間違えた事をしたら、大勢で叩きのめしてその人の人生を奪っていいのか。  そしてその嵐が過ぎ去ったあと、叩いた人たちはその出来事を忘れて、次に叩くものを探しているのですよね。  そう思うと、とても怖いなと感じます。  ほぼすべてのクリエイターが心を痛めた事件についても、炎上しなければあのような形でご自身の幕引きをする事はなかったように感じます。  何気ない一言で「参加」する事により、炎上に加担してしまうのです。  だから私は燃えているものを見ても、なるべく口を閉ざしていようと思っています。  ちょっと何か一言つぶやきたい気分になった時は、鍵のかかった所とか、非公開にできる所で言うとか、ちょっと一手間加えるようにしています。  100%、すべてできていると言われるとそうではないと思いますが。  何年も付き合いのあるネットの友人は、芸能人の訃報や炎上している事などについて、いっさい何もコメントしない主義だと言っていました。  彼女なりの理由、スタンスがあるにしても、貫いているのは凄いな、格好いいなと思います。 「参加」する事って大事です。  大学の社会学の講義の時に、最初に言われたのが「参加」についてでした。  不真面目な生徒だったので教授が何を仰っていたのかは忘れてしまったのですが、たびたび「参加」する事の意義について考える事があります。  自分の事に置き換えても、web小説を書いていてペコメやスター、スタンプをいただいていて、特徴のあるアイコン、お名前の方は覚えていく傾向があります。  スター、スタンプのみよりは、ペコメを頻繁にくださる方のほうが覚えやすいです。  そうやって、「参加」する事により、読者さまと一緒に物語を紡いでいっている気持ちになります。  勿論、ペコメに書かれてある事すべてに応えるとかではありません。  あくまで自分の物語なので、たとえ読者さまの期待を裏切る形になっても、最初から決めているストーリーの流れにはしていくつもりでいます。  けれど好意的な「こうなったりして」というキャッキャとしたお言葉を見ていると、差し支えのない範囲でこっそりご期待に応えている部分はあります。  それぐらい、「参加」って意義の大きな事なのです。  何もペコメや反応がなくても、私は多分物語を書き続け、納得いく形で締めくくると思います。  でもお声があるのとないのとで、変わった部分があるというのは事実です。  Xでの炎上に話を戻して、炎上に「参加」する事で何かがもっと悪い形になったら……と思うと、今まで起こったとても悲しい結末を想像してしまいます。  だから、ネガティブな意味での「参加」はなるべくしないようにしたいな、と思っています。  ワイドショーも週刊誌も、SNSの炎上も、目にしてしまったものは仕方がありません。  でも投稿という形で言葉にしてしまうかどうかは、自分の意志で選べるんじゃないかな……と思います。 「それ、言う必要ある?」と。  これはあくまで私自身の話です。  勿論、企業がしてはいけない失態を起こして責められているのを見ると、「改善していったらいいのに」とは思いますけれど。  そうやって起業がいい方向に変わるという意味でなら、炎上も意味があるのかと思います。  ただ、中には「広告が気に入らない」とかで炎上させる人たちもいるので、一概にそうとは言い切れませんが。  SNSと付き合っていくって難しいですね。  毎日見ているものとして、考えさせられる事が多々あります。  毎日のように何か炎上しては誰かが人生を狂わされ、人々が反省し、ネットニュースになり、そして忘れた頃に皆同じ事をするのです。  テレビでもよくXでハッシュタグのついた投稿を紹介していく放送の仕方がありますが、Xって代表的なSNS……のように思えて、世界的に見ればフェイスブックが大半を占めるとか、Xにこだわってるのって日本人だけみたいなところはちょっとあるっぽいです。  そしてSNSをやらない人もいる事を考えると、Xで炎上した出来事を「日本人の総意」みたいにとられると、ちょっと違うかなとも感じますし。  難しいですね。  そんな事を考えている暇があるなら、仕事しろと自分に言いたいです。はい、します。  そんな、思考整理でした。  2024年11月16日(土)
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